2006年 8月1日 (火) 

       

■  〈美術随想〉橋本哲郎 ジャコメッティ 

 20世紀美術の探究者アルベルト・ジャコメッティー矢内原伊作とともに、という長いタイトルの展覧会が、神奈川県立近代美術館葉山館で7月30日まで開かれた。

  いつも思うことですが、よその県ではなぜこのように素晴らしい美術館がたくさんできるのだろう。この葉山館は2003年開館の海の見える美麗な近代美術館です。神奈川県は、鎌倉にも近代美術館があり近くには別館もあります。かつて萬鉄五郎、松本竣介ら岩手にゆかりの作家の企画展も開いてくれたりしています。

  鎌倉館の当時副館長だった土方定一の主導で、松本竣介の研究をされ代表作「立てる像」のコレクションや画集を刊行したり盛岡中学時代の同級生から、油彩10点の寄贈を受け充実した松本竣介コレクションを誇りにしています。どうして盛岡に寄贈してくれなかったのか残念におもいます。

  さてジャコメッティですが、針金のように細い人物像は何度か拝見したことがあり個性的な彫刻家であると思っていましたが、今回はデッサンや油絵また日本の哲学者、矢内原伊作との友情の資料も展示してあるとのことで楽しみに拝見いたしました。

  矢内原伊作がパリ留学を終え日本へ帰るとき以前に知り合ったジャコメッティに挨拶に行ったら「君をちょっと描こう」といって72日間もモデルをさせたと言います。

  ジャコメッティのすさまじい集中力に引き込まれた矢内原も、これこそ自分の仕事と、ポーズに飽きることがなかったといい、日本に帰ってからも毎年招かれ、パリに出かけ足掛け6年延べ230日、ポーズをとった、2人の理解と友情は、はかりしれないものがあったと思います。

  矢内原の没後ご家族により彫刻やデッサンが神奈川県立近代美術館に収められ、それらが今回初公開で展覧会の核をなし、パリのジャコメッティ財団の協力もあって実現した。ジャコメッティの全貌を見せてくれる展覧会です。

  ジャコメッティは現実の人間を見えるとおり、忠実に写生しようとした。できるだけ無垢(むく)な眼(まな)差しでそのとき現れてくるものを損なわないように表現しようとしたといいます。

  それまでの美術の歴史に積み上げられてきた物の見方や表しかたを一度すべて忘れて対象の前に立つ人間を表すのならば、人間がそこにいるさま、それ自体を絵画や彫刻で捉えることを目的とする。言い換えれば人物を表すのに、その人物が占めている空間そして人物の周囲に広がる空間その両方を損なうことなく捉え、二つの空間の関係のなかで人物という存在の現れをつかむことであるといい、不可能に近いから追求の甲斐があるともいっています。矢内原に対する執拗なまでの執着もこれであったかと思います。

  見えるとおりの人間を表そうとしても誰かが描いた線を踏襲したり、見方も表面を見ることから、はなれられない全てを捨てきれないといった苦労が多かったようです。このようなかぎりない挑戦は最後まで続いたといいます。

  細く小さい贅肉(ぜいにく)をソギ落としたような(実際は遠くに人を見た体験を彫刻で表現しようとしたらこのように細く小さくなったといっています)像の前に立つととじこめたリアリティに圧倒されます。

  主催者の意図した展示でしょうか。海の見える窓辺に並んだ四体の像(台上の4つの小彫像)を見ていると、不思議な静けさを感じ、その瞬間は会場からは誰も消えたような至福の時間をいただきました。

  ジャコメッティは父が画家だったこともあり、小さい頃から絵は描いていたようです。彫刻も手がけており今回の油絵は風景が一枚、静物が一枚あとは全部人物画です。

  すべて枠を描くことで周囲に広がる空間を決めるといった絵です。彫刻家の絵といえるものでしょうか。サルトルがいっているように「他の者が描くように彫刻をし、他の者が彫刻をするように描く」と。



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