2006年 8月2日 (水) 

       

■  〈盛岡ことば入門〉306 黒澤勉 ずぐぁねーやづ

 二一五、人さまざま(その五)ずぐなす、のろすけ、しょすがり、ぶりぁい、ぶす
 
  @気力・度胸のある人

  気力や勇気のある人を「ずぐぁ、いーひと」とか「のぶでぇ野太い)ひと」などと言います。「野太い」の「野」は当て字で、「箆(の)」と呼ばれる矢竹の太いことから生まれた言葉だという説があります。「太い」とか、「細い」という言葉が、目に見えない気力や勇気、神経といった精神的なものを表す言葉として用いられているのも興味深いところです。

  気力や度胸のない人は「ずぐなす」と言われます。「ずぐ」は「ずく」の訛(なま)りで、「力ずく」の「ずく」で「つくす(尽す)」という動詞の名詞形ではないかと思われます。つまり、尽くすことのない、ねばりのないということから「ずぐなし」という言葉が勇気、気力がないという意味で使われたらしく、江戸時代の古典にも「わしはナァ、酔ってずくがないからナァ、ゆるさっしゃいまし」(『旧観帖』)というような例が見られます。「ずぐだめす」というと肝試し、「ずぐぬがす」は、臆病(おくびょう)になることです。

  勇気、度胸のあるなしも人を見分ける場合の重要なポイントで、「あのひとぁ、おっきなくぢ、ただぐども大口をたたくが)、ずぐぁねー」などというように、意気地のない人、特に男は軽蔑(けいべつ)されます。「勇気こそ地の塩なれや梅真白」という中村草田男の句がありますが、男として生まれた限り、いざというとき「どぎょこぁある」とか「ずぐぁい」と言われるようでありたいものです。

  Aのろま、せっかち

  動作の遅い−「のろい」人のことを、「のろすけ」とか「のろさぐなどと言います。「すけ」(、「飲みすけ」「ちびすけのように特定の言葉に添えて人名化する接尾語です。「さぐ」(も同様でぬげさぐなどという言葉を作ります

  のろいものの代表が牛南部弁でべご、「べごさブレーキかったよーだとかベごみでぇだ」「あのひとぁ、べごのとす」などと「べご」に喩(たと)えて言ったりします。

  「のろい」ことを擬態語を使って「のろのろ」と言いますが、盛岡弁では「のったくったどかせぐ」「のったくったどあるぐ」のように「のったくった」という言葉を使います。

  それと反対にあわてふためくことを「ぱたくたづ」(ぱたくたする)と言います。せっかちな人は「ぱたくたづひと」と言われます。「のったくた」「ぱたくた」などという擬態語はいかにも実感のこもった面白い言葉で、ユーモアが感じられます。

  Bはずかしがり屋・厚かましい人

  はずかしがり屋のことを「しょすがり」と言います。「〜がる」は、「あっつがる」(暑がる)「やんたがる」(いやがる)「ほすがる」(欲しがる)などという時の「がる」で「〜のように感じる、思う」という意味を作る動詞接尾語で、その名詞が「〜がり」です。

  「しょすがり」とは「しょす」「おしょす」と感じる人です。反対に厚かましい人は「つらつけねやづ」「しょすすらず(恥知らず)」「おしょすよ、すらね(知らない)やづ」などと言われます。

  C美人・不美人

  美人のことを「きれーなひと」「ぶりっこぁ、いーひと」「ぶりぁ、いーひと」などと言います。「ぶりっこ」は「ぶり」(ふり。外形、姿)に「こ」がついた言葉です。「ぶりっこ」というと、若者たちは、利口ぶったり、かわいこぶったりする人という意味で使っていますが、盛岡弁の「ぶりっこ」は、姿、形のことです。

  また、「おどごぶり」「おなごぶり」という言葉も容貌(ようぼう)、顔立ちを表す言葉としてよく使われます。「おとこぶり」「おんなぶり」という言葉は室町時代あたりから使われるようになったものらしく、古典にも出てきますが、今の若者たちは一体何といっているのでしょうか。

  美しくない人(というより醜い人)は、「みだぐなし」と言います。「みだぐなし」は文字通りには「見たくない」で、酷い言葉です。(「醜い」というのも、考えてみれば「見にくい」ですが「見たくない」よりはずっとましです)「みったぐね、まねやめろ」というように使うのならともかく、顔・姿が醜いというので「みだぐなし」のレッテルを貼(は)るのは酷いことです。

  しかし、こんな差別語・不快語を昔は案外、軽く口に出していたようです。不思議なもので、幾度も使われているうちに幾分、その酷さもやわらぎ、かえって親しい者同士の遠慮のない、軽いからかいの言葉、悪口ともなったようですが「みったぐなし」と言われて顔で笑って心で泣いていた人もいたかもしれません。「みだぐなし」がきつい言葉のためか、「みたぐねぇめげぇ」などという言葉も生まれました。美人ではないが愛きょうがあるのでかわいいということです。

  共通語にもなっている「ぶす」という言葉も使いました。「ぶすーっと、ふぐれでる」と言うように「ぶす」は本来、不機嫌なこと、無口で愛想のないことを言いました。つまり「ぶす」とは「醜女」という意味でなく、無愛想で、いつもふくれっつらをしているような人を指す言葉でした。そこに南部の人(あるいは日本人一般)の、無愛想を忌み嫌う−逆に言えば、愛想、笑顔を大切にする感覚が潜んでいるようです。
  (岩手医大教養部教授) 


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