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大慈寺の十一面観音 |
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第六番・福聚山大慈寺=十一面観音(黄檗(おうばく)宗、大慈寺町5の6)。
本体の顔以外に11の顔を持つ菩薩(ぼさつ)。頭頂には阿弥陀如来の化仏、頭上正面には菩薩面3面、右に狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)、左に瞋怒(しんぬ)面、後ろには暴悪大笑面を頂く。
木造で、行基の作と伝えられる観音像は、元紫波郡手代森の高禅寺にまつられていたもの。安永年間(1770年代)の記録では、南部三十三観音の10番目、高寺観音(手代森村)として記されている。1877年(明治10年)、同寺の廃寺とともに大慈寺に移された。
現在は本堂の本尊左脇にまつられている。以前は毎年5月17日の例大祭のときにだけ開帳される秘仏だったが、現在の19世松居信善住職の兄、祥博前住職の時代に、一般の人がいつでも参拝できるようにしたという。
同寺は1673年(寛文13年)の開山。1884年(明治17年)の河南大火で全焼。現在の山門は1905年(明治38年)、原敬など檀家(だんか)の寄進により改築された。
山門をくぐって左側に原の墓がある。1921年(大正10年)に東京駅で刺殺された原は、その遺言により大慈寺に葬られた。隣には夫人のアサの墓が並ぶ。静かなたたずまいのその墓には今も全国各地から訪れる人が絶えない。
8月16日に北上川で行われる盛岡伝統の仏事「舟っこ流し」が始まった寺院としても知られる。津志田の遊郭から逃げてきた遊女が、北上川に架かっていた舟橋から落ちて亡くなったことを聞いた南部家の姫が、住職に供養を頼んだのが始まりと伝えられている。
【御詠歌】
たづねても汲(く)めや福聚(ふくじ
ゅ)の山清水大慈大悲の深きみたらし
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