青ぞらに野ばらの幹もひかれるを
あまりに沈むLipariteかな
〔現代語訳〕青空に野バラの幹も光っているのに、(その明るさとは対照的に)余りにうち沈んでいるリバライト(石英粗面岩)なのです。
〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正五年十月より」六十三首中の二十一首目の「386歌」で、初句から第三句にかけては「青びかりのかゝる天盤の下にして」の形もある。なお、「歌稿〔A〕」では、「かゞやきのかゝるみそらの下にしてあまりに沈む(辛気の)Lipariteかな」の形であった。「Liparite(リパライト)」は、「石英粗面岩」のことで、イタリアの火山島リパリにちなんだこと、賢治が当初得業論文のテーマに考えていたこともあり、口癖のようにつぶやいていた時期のあったことなどは、『新宮澤賢治語彙辞典』を引いて既に記している。もちろん「石英粗面岩」に感情があることはないから、第四句の「あまりに沈む」の判断は、話者のものであり、話者の内面を反映もしているのである。
(岩手大学教授)
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