2006年 8月7日 (月) 

       

■  〈杜陵随想〉白いクジャクと白いキジ 石井實 

 久しぶりに青森の三戸城跡の城山公園を訪ねてみた。公園の中を散歩することや本丸跡の角櫓(すみやぐら)風に造られた南部藩の資料を展示している温故館に立ち寄ったり、糠部神社にお参りするためだったが、ほんとうの狙いは神社下にある小動物飼育園の「白いインドクジャク」を見ることだった。ところが、がっかりしたことに目当ての白クジャクは、姿を消していた。

  首や胸が青く華麗な金緑色の眼状紋模様の尾翼をもつ雄のインドクジャクは鳥の中でも極上の美術品の趣きがあり、本来生息しないわが国では古くから宝物扱いされていた。日本書紀によると飛鳥時代には、新羅、百済から時々献上され大層な評判になったという記述がある。ただ、白いクジャクについては記紀は全く触れておらず、代わりに白いキジについての記録が度々見受けられる。推古天皇の7年(597年)に百済からラクダやロバと一緒に白雉(きぎす)一羽が貢上されたとある。さらにそれからおよそ半世紀後の650年に今度は穴戸(現在の山口県)の国司から麻山(おのやま)で捕らえたという白いキジが孝徳天皇に献上された。この時は、白いキジは瑞祥のあらわれであるとして元号を「大化」から「白雉」と改元している。元号制度が発足してまもないのに、あえて改元していることは、当時の人々にとって白いキジの出現は想像をこえた稀有の現象で、ついには国をあげての祝い事になるほどの出来事だったと想像される。

  クジャクやキジの体色が白く変化したのは恐らく突然変異によるいわゆるアルビノ現象のためなのだろうが、全身が真っ白いクジャクやキジには、本来の美しさと清純さに加えて神秘さとか荘厳さを感じる。そのような印象もあってか、古来からわが国はもちろんインドをはじめアジア各国では神聖な霊鳥とされていたようだ。

  大相撲に「白鵬」という四股名の力士がいる。「鵬」は「鳳」と同じで想像上の大きな瑞鳥のことなのだが、古代のインドや中国では「白鳳」は巨大なクジャクのイメージだったらしい。また、わが国では「白鳳」は「白鳳時代」や「白鳳文化」というように歴史的文化的に有名だが、実は「白雉」を美称化した言葉だといわれている。とすると「白鵬」もまた白いクジャクかキジに見立てられることになる。

  ところで、県南の藤沢町に保呂羽山という良質の杉材を産出する緑の山がある。この山が別称「白キジ山」といわれていることは周辺の人々以外にはあまり知られていない。また、宮城県の登米市の旧中田町に「白雉(はくち)山」という標高80メートルほどのこじんまりとした山がある。白キジにちなんだ名前を持つ山は全国でもこの2山しかないが、どちらも名付けられた由来は定かではない。

  ただ、保呂羽山は、保呂羽山神社の縁起によると、「鳴女(なきめ)」という名のキジの神を山頂に祀(まつ)ったことで「白キジの山」と呼ばれることになったという。この伝承は、古事記の「雉子の鳴女」や「弓矢」の説話のコピーに違いないし、白いのは白色が吉兆色であることから付け加えた話だとも思える。しかし、所在は不明だが近くに「白キジの滝」があったということからも、かつて実際にこの辺に白いキジが生息していたかもしれない。穴戸の白キジは本当は蝦夷のこの地からのキジだったという古代史を書き替えるようなロマンは妄想に過ぎないのだろうか。

  ともあれ、三戸城址の城山公園の白いクジャクの行方はとうとう分からずじまいだったが、幸いなことに秋田の大森山動物園に一羽だけ飼われているという。そのうちぜひ見に行きたいと思っている。
(盛岡市つつじが丘)

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