2006年 8月8日 (火) 

       

■  日本人が生み出した真紅の紅染め 幸田流衣さんの作品紹介  

 日本の発明「紅染め」展が7日まで、盛岡市みたけ4丁目のきもの織絵屋で開かれた。江戸時代、藍(あい)染めと並んで「2大染め」といわれた、紅花を使った紅染めは、明治の初めごろから、合成染料などに押されて急速に衰退した。今展では、一度は失われた紅染めの技を復活させた、国内で唯一の紅花友禅染め作家、幸田流衣さん‖京都在住‖の作品約150点が展示された。

  エチオピアが原産といわれる紅花は、エジプトからシルクロードを経て、中国から飛鳥時代の日本に伝えられた。

  どの土地でも、紅花から出せるのは、黄色やピンクなどの淡い色彩。そこから真紅を編み出すことができたのは、日本人だけだったという。

  幸田さんは9年前、紅花のルーツを探るテレビ番組の企画で、シルクロードを訪れた。旅を通してその事実を知った幸田さんは、日本独特の染めを復活させようと、古い文献をひもときながら研究を進めた。

  紅花からは黄色と赤の染料が取れるが、黄色が10に対して赤はわずか1。紅染めにするには、紅花の黄色色素を抜き、発酵させた紅餅(もち)といわれるものを染料として使用する。

  さえた赤色を出すために、染める時期は厳寒の冬。触媒には天然の「あさぎ草の灰汁(あく)」と「鳥梅(梅を薫製したもの)」を使い、紅花友禅を染め上げている。

  貴重な真紅の染めは、長く一般の人には使えない「禁色」だったという。江戸時代の奢侈(しゃし)禁止令が出ると、人々は長じゅばんや裏地など見えない部分に紅染めを着用。この伝統は昭和初期まで続き、着物には紅絹(もみ)と呼ばれる真紅の裏地が定番となっていたという。

  幸田さんは「紅染めは濃い色でも温かさ、優しさがある。赤い下着を付けると血行がよくなるともいわれているように、紅は古くから、魔よけ、厄よけ、復活の力があると信じられている」と言う。化学染料では出せない深い輝きを宿した紅染めが、訪れる人の目を楽しませた。

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