2006年 8月8日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉483 望月善次 猩々緋、雲をきょうこそ  

 猩々緋
  雲をけふこそ踏み行けと
  をどるこゝろの
  きりぎしに立つ。
 
  〔現代語訳〕猩々(しょうじょう)(猿)の血のような赤い雲を、今日こそ踏んで行けと躍るような心の絶壁に立つのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正五年十月より」六十三首中の二十三首目の「388歌」。「歌稿〔A〕」では、第二句以降に「(雲を)今日こそふみ行けと躍る(こゝろの)」と異なる漢字表記となっていた。「歌稿〔B〕」においても、第三句などは一端「躍」の「足偏」を書きかけていた。「猩々緋」は「猩々(猿)の血のような赤」でスカーレット(scarlet)〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕。「をどるこころ」、「こころのきりぎし」は、どちらも「結合比喩(ゆ)」で、二重的結合比喩の使い方で、後者の方が比喩性が高い。「こころのきりぎし」の「の」は、格助詞で、「〜に属している」ほどの意味。決意を「をどるこゝろの/きりぎしに立つ」するのは、今日的評価とは別に当時は衝撃性もあったろう。
(岩手大学教授)

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