2006年 8月28日 (月) 

       

■  〈盛岡百景〉79 山岸せせらぎ水路 

     
  ところどころに水路に降りる石段もある山岸せせらぎ水路  
 
ところどころに水路に降りる石段もある山岸せせらぎ水路
 
  盛岡市の中心部で見る中津川は平素、川底が見える透明感を持っている。だからこそ、遡上(そじょう)するサケの姿も見られる。ところが、四半世紀前、中津川も汚れが社会問題化したことがあった。

  原因は上流域での宅地開発。岩手国体以後の市街地の拡大は、山岸地区も例に漏れず、宅地開発が進んだ。下水道整備を住宅開発が先行し、山岸地区も当時、し尿はくみ取り、生活雑排水は垂れ流しの状況が続いていた。

  生活雑排水による河川の汚濁は全国的に見られた。このため、旧建設省は下水道事業の中に付加価値のあるアクアトピア事業を創設した。その初年度の84年度事業に盛岡市も名乗りを上げ、全国16市町のモデル都市の中に指定された。

  同事業は「姿を消した水生生物をよみがえらせ、街中で子供が水遊びできる水辺を復活させ、住民が憩いを求め散策するような、住民と清水が結びつきを深めることを目標とした都市づくり運動」を趣旨とした。選定地域は重点的な下水道事業の促進、付加価値のメリットがあった。

  同市では中津川の水質改善による「杜と水の都」盛岡の環境保全を目的に事業を計画。流域の山岸、浅岸地区の汚水管整備を重点的に進めた。258fを対象に90年度までの期間で計画した。事業は継続中で、整備面積は05年度末で89・87%。今年度の施工区域で、現状の住宅立地で必要な整備はほぼ終わる。

  付加価値でもたらされたのが、せせらぎ水路。山岸は戦前まで市内の下小路・仁王地区をかんがいする農業用水が開かれ、中津川から取水する水路が混在していた。戦後、大部分は暗きょとなった。一部は開きょとして石積水路が残ったが、住宅密集化により用水は汚れ、排水された中津川も汚れた。

  せせらぎ水路は残っていた山岸用水を雨水幹線として親水空間に再生させた。延長430bの区間を、雨水排水路や融雪溝の機能を持ちながら石積護岸、底部への御影石の配置、小橋などで親水空間を演出。川沿いには車は徐行しなければならない細い道と住宅が張り付き、ゆったりとした静かな時間が流れている。

  地元町内会では、せせらぎ祭りを開いてマスのつかみ取りなどをすることも。近くの保育園児も水遊びに訪れるという。中津川下流で水遊びできるのも山岸のアクアトピア事業があってこそだった。
(井上忠晴記者)

 

 


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