2006年 9月3日 (日) 

       

■  〈賢治の歌〉508 望月善次 山端には明けのうつろに

 山はには
  あけのうつろに
  突ったちて
  馳するがごとき
  松の木もあり
 
  〔現代語訳〕山の端には、明け方の虚空に突っ立って、まるで駆けてでもいるような松の木もあります。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正五年十月より」六十三首中の四十七首目で「410歌」。第四句の「ごとき」は「ことき」とあったが、文意の上から「ごとき」だとした。また結句の「松の木も」の「も」は、当初「も」とあったものを、「の」として再び「も」に戻したもの。「歌稿〔A〕」では、「かゞやける朝のうつろに突つたちて馳する木のあり緑青の丘」とあったから、大幅に変更した作品だと言えるであろう。「歌稿〔A〕」と抽出歌の相違を見ると、事実関係でも、「緑青の丘」から「山は」、「かゞやける朝」から「あけ」、「木」から「松の木」へと変化し、比喩(ゆ)的には「馳する木」という結合比喩が「馳するがごとき松の木」の指標比喩へと変わる。「一長一短」が、評者の評価。
(岩手大学教授)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします