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■121巻紙 明治36年5月15日付
宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一
番地日松舘内
発 陸中紫波郡彦部村
前略電報ニ依リ金六拾弐円非常手段ヲ以テ借入送金シ(ス)、経済ノ為一先帰村相成度候、尤徴兵之方ハ大丈夫猶豫相成候様始末向手落ナク可致候、
次ニ中学卒業証番号ハ今役場ニ控無之ニ付明朝迄ニ端書ヲ以テ報導スル事ニ可致候、帰国之際物品何品ナリ共失念ナク不残持帰ル様相成度候也
五月十五日
野村
長一殿
四月廿九日
一 弐銭也 御茶
同
一 拾三銭也 御客膳
同
一 拾三銭也 同
三十日
一 弐銭也 御茶
五月一日
一 拾弐銭也 御炭
同
一 弐銭也 御茶
二日
一 六銭也 同三
同
一 拾三銭也 御客膳
同
一 七銭也 夜具
三日
一 弐銭也 御茶
四日
一 弐銭也 同
五日
一 弐銭也 同
六日
一 四銭也 同二
同
一 拾三銭也 御客膳
八日
一 七銭也 夜具
九日
一 拾銭也 御客膳
同
一 四銭也 御茶二
十日
一 六銭也 同三
同
一 三拾九銭也 御客膳三人
同
一 拾弐銭也 ゝ
同
一 七銭也 夜具
同
一 三拾弐銭也 正宗一本
同
一 拾弐銭也 御炭
十一日
一 弐銭也 御茶
十二日
一 四銭也 ゝ二
同
一 七銭也 夜具
十三日
一 十銭也 御客膳
十四日
一 弐銭也 御茶
同
一 四銭五里 端書三枚
同
一 拾弐銭也 御客膳
同
一 弐銭也 御茶
十五日
一 四銭也 ゝ二
同
一 十銭也 御客膳
同
一 十弐銭也 同
同
一 五銭也 夜具
十六日
一 弐銭也 御茶
一 拾九銭五里 石油十五日間
一 四円也 十六日間下宿料
一金七円拾八銭也
ニ口合計
金拾九円四十八銭也
右正ニ領取仕候也
丗六年五月十六日 日松舘主宮本た祢子
野村様
【解説】「前略電報により、金62円を非常手段をもって借入し送金した。経済のためひとまず帰村するように。もっとも徴兵の方は大丈夫猶予になるように手落ちなくすること。次に中学校卒業証書番号は今役場に控えがないので、明朝までにはがきで知らせること。帰国の際物品残らず忘れず持ち帰るようにすること。5月15日 野村
長一殿
(下宿先の日松舘主宮本た祢子からの、4月29日から5月16日までの下宿料、その他の費用明細を添えた領収書が同封、内容は前記の通り)」という内容。
長一の電報で要求の62円は、これまで最高の額の生活費である。父は非常手段をもってこの金額を借入、送金をしている。
なお、日松舘主宮本た祢子からの領収書の明細を見るに、半月の内11回13人分の客膳を取っていること、お茶16回23人分、夜具5回、5月10日には酒正宗1本を取っているあたり、どうも長一は、友人たちをもてなしているように思われてならない。
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