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昭和54年5月、ビジネスマンの自己啓発誌と称する『創造読本』(A5判・286ページ)が、島出版から創刊されました。
創刊にあたって「現代の社会は高度成長から低成長の質の時代へと、構造的な歴史の転換期を迎えております。その中で働くサラリーマンの生活態度も決してその枠外ではなく、人間として自らを高め人間本来の生き方をしたいというライフワークが模索されております」と述べるのです。
創刊特集には「交渉感覚を磨く法」を組みました。「交渉…それは人間の全智全能をかたむけた檜舞台での華やかな闘いの世界です。舞台に上がる前の準備行動のひとつさえ欠いても交渉は不成功に終わります」と、この企画の狙いを説明します。
そこで「江戸商人の交渉術」から始まって「日本の外交感覚」まで、9通りの評論がそろいました。
青野豊作は「セールスは断られた時から始まる。このような根性・精神主義的言葉があるが、江戸商人はもっと合理的だった。なぜ、初めから断られないように工夫して交渉しないのか…」と「商家秘録」「富貴の地基」「二宮翁夜話」など、引用して論じます。
黒瀬市郎「交渉説得話法入門」、魚津欣司「営業感覚を鋭くする交渉術」、大岡忠夫「政・財界人にみる交渉事始学」、大谷巌「交渉相手を見抜く読心術」、三村侑弘「個性化社会の交渉法」、中村陽吉「交渉心理学」、市川誠「団体交渉をうまくすすめる基本」、加瀬英明「ウィーン会議と日本人の外交感覚」というものであります。
この時代、物質主義優先の考えから、人間中心のライフサイクルを重視する考え方に移行する動向がありました。また情報化と効率化社会における自己選択と判断力が求められるようにもなりました。そこで、三浦朱門ら各界から30名を越える論客が、政治・経済・経営・文化・科学などに論評を寄せるのです。
本誌創刊1カ月後の6月、第5回先進国首脳会議が東京で開催されました。大平首相が議長を務め、石油危機対応策などの「東京宣言」を採択しました。
外交手腕が大いに試される「東京サミット」でしたが、謝罪外交の影を引きずる日本は、米中・中ソ関係、イラン問題など国際紛争には触れないとする、腰のひけた姿勢でした。
(毎週日曜日掲載)
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