2006年 9月5日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉510 望月善次 ある山は涙の中にあるごとく 

 ある山は
  なみだのなかにあるごとく
  木々をあかつきのうつろに浸せり。
 
  〔現代語訳〕或(あ)る山は、まるで、涙の中にあるように、その木々を暁の虚空に浸しています。

  〔評釈〕「大正五年十月より」〔「歌稿〔B〕」〕六十三首中の五十首目の「413歌」。「歌稿〔A〕」も、行変えを別にすれば同じであったが、第四句は、一端は「琥珀(こはく)」とし、再び「あかつきの」としている。「賢治は好んで夜明けの空の描写に琥珀を、夕方の黄水晶(シトリン)の冷たさと対照的に使う」〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕という指摘もあるから、「あかつき」から「琥珀」への揺れは、賢治にとっては整合性のある揺れと言えよう。初句が「或る山は」と始まるから、通常は「405歌・406歌」の「ある星は」のように、同種の複数のものが視野に入っていることになるのだが、ここでは、抽出歌のみで、他の「ある山」は作品化されていないので、特定の山への婉曲(えんきょく)的表現か。
  (岩手大学教授)



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