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盛岡藩お抱え力士を描いた相撲錦絵に見入る小学生 |
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八幡平市叺(かます)田の八幡平市博物館(矢萩昭二館長)で、県立博物館パネル型移動展「南部の相撲−八幡平市の郷土力士と相撲集団」が17日まで開かれている。盛岡藩お抱え力士を描いた相撲錦絵なども展示され、地域の小学生らの関心を集めている。
同展は、盛岡市上田字松屋敷の県立博物館で23日から開かれる第57回企画展「四角い土俵とチカラビト〜盛岡藩の相撲」の巡回展として開催された。
江戸時代、庶民が観戦できた「勧進相撲」を四角い土俵で行い、全国に知られた盛岡藩の相撲。その歴史と八幡平市の相撲団体の歩みをパネルで紹介している。
展示資料は写真パネルを中心にした約40点。色彩豊かな相撲錦絵(県立博物館など所蔵)は、天保3年(1832年)に初土俵の柏戸惣五郎(越後国刈羽郡上岩田村出身)らを描いたもの。化粧まわしの白抜き菱(ひし)二つ「違い菱」が、盛岡藩のお抱え力士の相撲専用マーク(印紋)という。
当時の最高位・大関の立神雲右衛門などの錦絵も紹介。「横綱」とは本来は腰に締める綱の名前で、当時は大関の中で横綱を付けられる者のことを言っていた。地位として定められたのは1909年以降で、番付表にも「横綱」が登場するようになったという。
八幡平市教育委員会(同市博物館兼安代教育課)の東本茂樹さんは「盛岡藩お抱え力士には柏戸惣五郎ら人気力士が多くいた。品格と実力を備えた力士を選んでいたのだろう」と話す。
八幡平市は古くから相撲が盛んな地域。パネルでは、俵を組んで作る「角土俵」を再現した田頭相撲倶楽部の取り組みの様子(1929年)や旧安代町立安代中学校を卒業し、相撲部屋に入門する生徒を盛大に送る光景(1975−1985年ごろ)などが写真で紹介されている。
会場を訪れた安代小5年の高村海(かい)君は「1年生のときに相撲は取ったことがあるが、(錦絵などの)力士は筋肉もすごいし強そうだと思った」と、江戸時代の力士を描いた錦絵に見入っていた。
同展は入場無料。午前9時から午後4時半まで。月曜日休館。問い合わせは、市博物館(電話0195−63−1122)まで。
この移動展は、田頭公民館で20日から25日、西根地区市民センターで27日から10月1日に開かれる。
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