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二二〇 人体用語あれこれ(その四)−ごんげんぱな・はなおど・たんぱ・べろ
@鼻は顔の中央に高く、あるいは低く隆起し、息の通路として呼吸にかかわると同時に、臭(にお)いをかぎ、また発音にも関与する器官で、「はな」(先端・端)に位置するところから「はな」と名づけられたともいわれています。確かに犬猫の鼻など、先端にあります。
昔はよく青鼻を垂らしている子供を見かけました。盛岡弁ではその色から「ねぎっぱな」とか「あおっぱな」と呼ばれ、それがあだ名になっている子供もいました。鼻はその形から「だんごっぱな」「ごんぎぱな」「ごんげんぱな」(上記二つは「権現鼻」。権現様、獅子頭のように小鼻のすわった鼻)「ぺちゃばな」(小さな鼻)「とぴかす」(鷲鼻)「のぞきぱな」(魔女の鼻のように下に垂れた鼻)「そらっぱな」(鼻の穴が空を向いているもの)などの言葉も使われていました。
匂(にお)いをかぐことは「かまる」と言い「かまり、かまってみろ」(臭いをかいでみろ)「いーかまりぁす」「ひょんたなかまりぁす(変な臭いがする)」などと言いました。
いびきのことは「はなおど」と言いました。「いびき」は「いびく」(「息響く」の縮約した言葉)の名詞です。「はなおど」の方が何だか高い感じがします。「はなおどぁ、ひでじゃな」(いびきがひどいなぁ)などと言ったりしました。
A「口」は、呼気に伴って言葉を発する発音の器官であり、動物が体内に食物を摂取する器官でもあります。「くうところ(食う処)」が変化した言葉だとか、「くいみち(食い道)」の変化した言葉だとか、いろいろな説がありますが、どうやら「くう」という言葉に関係しているようです。
「くう」という言葉は「たべる」の卑語とされていますが、盛岡弁では「くう」を使います。「たべる」は「たぶ(賜ぶ)」から生まれた言葉で、本来、頂く、という謙譲語でしたが、今は丁寧語になっています。盛岡弁では「おあがってくなんしぇ」とか「あがってがんせ」「あがってごじぇ」のように尊敬語の「あがる」をよく使います。よほど親しい間柄では「けぇ」と一拍で言います。「くえ」が変化した言葉です。
「唇」はその口の粘膜に焦点を当てた言葉で、「くちびる」は「くちべり(口縁)」(口のへり)の変化した言葉とされています。盛岡弁では「くづびる」とか「くづびら」と訛(なま)ります。
唾(つば)のことを「たんぱ」「はなたんぱ」などと言いました。『岩手方言集』には「たんはぎ」という言葉も出ています。「たんぱ」という言葉は唾というよりおそらく「痰(たん)」というのが元の意味だと思われます。「たんぱてぇし」という言葉があります。言うだけむだだということです。これは文字通りには唾を無駄遣いする、ということです。(「じぇにてぇし」はお金を無駄に使うということです)
涎(よだれ)は吐き出すものでなく、自分の意志とは関係なく口の外にあふれて垂れます。盛岡弁で涎のことを「べろ」と言い涎を垂らす子供は、「べろたらす」と言いました。赤ちゃんなどよく涎掛けをしていますが、盛岡弁では、「めっかげ(前掛け)」とか「まえまえっこ」と言いました。首に掛けるからでしょう。今の若いママたちは何と言っているのでしょうか。
「よだれ」は「よだり」の変化した言葉で、動詞は「よだる」です。年をとって口が「よよむ」(曲がる)ために「たれ」るとか、「よよ」と泣くとき「たれ」るとか、「夜」「たれ」るなど語源については諸説あります。いずれにしても「たれ」る、という言葉が含まれていそうです。
(岩手医大教養部教授)
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