2006年 9月7日 (木) 

       

■ 〈校長室の窓から〉100 野口晃男 人の値打ちは苦労の重さで

 5年2組の学級通信に次のような作文が載っていました。

   ◇   ◇

   雨の中の鼓笛

         5年 下平

  ぼくは、毎日毎日なんで鼓笛の練習をしなきゃいけないんだと、毎日毎日思っていました。

  なんで鼓笛がそんなに大事かわかりませんでした。

  本番の時、半袖短パンで、しかも雨と冷たい風で最悪でした。

  なんでこんなにして笛をやんなきゃいけないんだ、と思いました。

  ぼくは退場した時、なんだかホッとしました。

  入場門にくると大きな拍手がきて、すごくうれしかったです。

  来年は、もっとすばらしい鼓笛にしたいです。

  (担任の先生のコメント)

  「鼓笛が大事なわけ」の答えが、お客さんの拍手の中に見つかったのではないかな。

   ◇   ◇

  「鼓笛」を「勉強・運動・委員会・子供会」という言葉に置き換えてみましょう。

  「退場した時」を「難関を突破した時、願いがかなった時」に置き換えてみましょう。

  人生には、そのときは値打ちが分からなくても真剣に取り組まなければならないことがたくさんあります。

  もちろん、値打ちに気づくのは子供本人なのですが、値打ちある行為を続けさせるのは、わたしたち人生の先輩の責務です。

  そして、そのとき、輝く値打ちを知り得た人間だけが、練習の過程でより厳しく子供を指導していくことができるのです。

  子供たちがこれから向かう人間社会は、甘やかされて育ったわがままな人間を、そのままそっと大事にしてくれるほど甘くはないのです。

  その人間の値打ちは、その人間が経験した苦労の重さに等しいとも言えます。

(盛岡市教育相談員)


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