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「マジョーレ湖畔の古寺」「青森ベーブリッジ・光景」それぞれの作品を背にする熊谷睦男さん(左)と高谷幹郎さん |
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「卒業から50年の節目にしたい」。岩手大学学芸学部甲一類美術一科(現教育学部)1957年卒の同期生、高谷幹郎さん(72)=青森市=と熊谷睦男さん(72)=陸前高田市=の洋画展が、盛岡市中央通1丁目のエスポワールいわてで11日まで開かれている。100号クラスの大作中心に17点を展示し、それぞれの歩みを振り返っている。
高谷さんと熊谷さんは、青森、岩手でそれぞれに美術教諭を務めながら創作を続けてきた。定年退職後に初めて開いた昨年の同窓会で再会。「同世代にハッパをかけよう」と作品展を企画した。
同じ研究室に学んでも作風は異なる。高谷さんは、東京の六本木ヒルズをモチーフにしたという「ピンク・インドアー(六本木ヒルズの思い出)」や「青森ベーブリッジ・光景」などを出品。建築物からイメージを得て、無機質ながら流動するような画面を構成した。
「常に新しいものを描きたかった。自然のものではなく、新しい建物・人工物に目が行くのはそのせいかもしれません」と高谷さん。20代のころはフランスの抽象作家も日本で多く紹介されていた。「ビュフェの都会的な線へのあこがれもあった」と話す。
一方の熊谷さんは、90年の文部省・教員の海外派遣でフランス、イタリア、スペインを訪問したときにスケッチした「マジョーレ湖畔の古寺」など、自然・風景をモチーーフにした写実的な作品を発表した。
「若いころはもっと絵の具を盛り上げたような表現をしていた」という。画家の猪熊弦一郎のアトリエを自作を携えて訪ねたとき「流行は捨てなさい。あなたのシャープな線を生かしなさい」と言われ、表現を見直した。
2人が岩手大在学時、教授陣には県美術工芸学校で教えていた深沢省三氏や画家の佐々木一郎氏らがいた。油彩の師だった栗原良教授からは、デッサンなど基礎を徹底的に教え込まれた。
「今思えば先生には本当に恵まれていた」と高谷さん。教授らが絶賛していたセザンヌの良さも年を重ねてから分かるようになり、「50を過ぎてから思い出したように勉強しなおした」(熊谷さん)ほどだ。
熊谷さんは「教員はやりがいのある仕事で教育現場も面白かった。当時は同級生の制作活動を意識することはなかったが、お互いこの年齢になり、50年以上続けていると思うと励みになる」と話していた。
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