2006年 10月 4日 (水) 

       

■  〈盛岡ことば入門〉315 黒澤勉 へっちょぬげる  

 二二三、人体用語あれこれ(その七)へっちょ・けっつ・あぐど・かばね・すがだ
 
  @「へそ」は「へっちょ」と訛(なま)ります(「こそこそ」が「こちょこちょ」となるように「そ」は「ちょ」となることが多い)。それに「こ」という接尾語をつけて「へちょこ」と言います。盛岡の家庭料理に「へちょこだんご」があります。米の粉をねって、へそのように真ん中をくぼませたものです。

  「へっちょぬげ」はいくじなし、「へっちょまがり」はへそ曲がり、つむじ曲がりのことです。また「へっちょぬげるくれぇ(おなかが苦しくなるくらい)ごっつぉになった」などとも言いました。「へっちょ」も大切な役割を果たしていると見ているようで興味深く感じられます。

  Aお尻のことを「けつぁ、おっき」のように「けつ」「けっつ」「けつぺた」と言います。「ざぶとん尻」は大きな尻、「桃尻」は桃の実のように形のよい尻のことで、こういうときには、「尻」という言葉を使いますが、普通は「けつ」「けっつ」などと言います。標準語の感覚では「けつ」は卑語で下品な言葉です。

  「しり」という言葉は「後ろ」という意味から転じて尻を指すようになったのに対して、「けつ」は「穴」という漢字を音読して、使われるようになったもののようです。なるほど、卑語にもなるわけです。

  お尻のことを「けつたぶ」とも言いますが、これは肉が「たぷたぷ」付いているということからつけられたものでしょう。「けつだんこ」は尻の穴、肛門(こうもん)のことです。どんと尻もちをつくときなど「だんこぁぬげだ」などと言いました。また、悪口として、相手に対して、「だんこぬげ」などと言いました。「だんこ」とは奇妙な言葉ですが「脱肛(だっこう)」の訛りで、脱肛ということから肛門を指す言葉にもなったようです。

  昔、まだ太田橋がかかっていなかったころ、雫石川を挟んで厨川の子供たちが「太田のだんこだん、けつ穴七つ」と言うと、太田の子供が「厨川のくろけつ」と応酬し、悪口合戦を展開、石を投げ合い、女の子まで加わったといいます。肛門というのは、排泄(はいせつ)のための大切な出口ですが、それを卑語として相手に投げかける悪口語とする。誠にけしからん話ではあります。

  B踵(かかと)のことを「あぐどのかわぁはげだ」のように「あぐど」と言います。古語の「あくと」で「あくとのあかぎれ」などという言い方が『東海道中膝栗毛』には見えます。踵のことを少し硬い表現で「きびす」と言いますが、これが古くは踵の言い方であったようで、今でも西日本では方言として使われているようです。

  股(もも)のことを「ももたぶ」とか「ももた」と言います。「けつたぷ」と同様、肉がついて「たぶたぶ」しているからでしょう。膝(ひざ)のことを「ひじゃかぶ」とか「わんこ」と言いますが、蕪(かぶ)やお椀(わん)に見立てたものでしょうか。

  脛(すね)のことを「すねがら」「すねっから」と言いますが、「がら」は外部をおおう硬い皮、骨のことです。脹脛(ふくらはぎ)のことは「こぷら」と言います。「こむら」が変化したもので、「こむらがえり」は「こぷらげぇす」と言います。「ふくらはぎ」の名称として平安時代以降「こむら」「こぶら」が併用されていましたが、江戸時代になって東国の言葉である「ふくらはぎ」が広がったとされています。

  C体格は「かばねぁいー」とか「おおかばねなひとだ(大きな人だ)」などというように「かばね」という言葉を使います。(体格の貧弱な、弱々しいことは「よしぇね」とか「よしゃ」と言いました。おそらく「やせ」の変化した言葉かと思われます)「かばね」は、奈良時代には死体、骸骨(がいこつ)のことでした。近世になって「からだ」とか「むくろ」「しかばね」という言葉が使われるようになったといいます。「しかばね」という言葉が使われるようになった結果、「かばね」は生きている人の体を言うようになったのでしょうか。

  D容姿、スタイルは「すがだ」と言います。「すがだっこいー(スタイルが良い)」とか「あのしとぁ、なにきても、すがだっこいーがら、にやうをな(似合うものね)」のように。「姿絵」(人の姿を描いた絵)とか「姿見」などの「姿」です。今やスタイルとか、恰好(かっこう)などという言葉におされて「すがた」などと言う人は少なくなっているでしょう。

  以上、人体用語、それにまつわる言葉・表現を取り上げてきましたが、まとめとして次のようなことが言えるかと思います。

  一、人体は人間の作り出した人工物と違って、昔も今も変わりないのに、時代や地域によって異なっている。

  二、人体のどの部分を指すかが時代によってズレてくることがある。
  三、比喩(ひゆ)によって、その特徴をよく表現している言葉が多い。
  四、卑語、相手を侮蔑(ぶべつ)する言葉が豊富にある。
  五、人体のどこにあるか、どのような形か、どのような役割をしているかによって、さまざまな名前があり、それぞれが固有の意味、イメージ、ニュアンスをもっている。
(岩手医大教養部教授)


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