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近代的な陶器で有名なデルフトは、ハーグとロッテルダルの近くにある。アムステルダム中央駅からデルフトまで列車で50分。一時間に2本の列車がある。ハーグまたはロッテルダムからは10分で行ける。それにハーグから市電の1号系統でデルフト駅前まで行ける。
マルクト広場には市庁舎と新教会とが向きあっているその真ん中に「国際法の父」とよばれるデルフト出身のグロティウスの像が立っている。
デルフトの魅力
デルフトの街の美しさは運河と煉瓦(れんが)造りの家並みにある。17世紀のヨーロッパでは、中国の陶芸技術を参考にしたデルフト陶芸の独壇場になった。その折にポースレン・フレス社は開窯する。
同じころおよそ20の窯が開かれた。30年後には30の窯に増えた。いずれも東洋磁器の模倣に明け暮れした。
ヨーロッパ人にとって中国技術の青一色が新鮮に見えた。さらに17世紀末には多くの色を加えた「デルフトの色絵」となった。同時に形も多様化し、オランダ風の木靴の形をしたものや、水筒、弁当箱、きゅうす、陶製のバイオリンさえ現れた。そのころがデルフト焼の絶頂期だった。
デルフトの衰退
18世紀初めにドイツのドレスデンの近くのマイセンですぐれた磁器が焼かれ、それがヨーロッパ全土に磁器の技術が広がった。各王宮や大貴族たちはそれぞれ独自の窯を持つようになる。
それから少しあとに、イギリスのポーンチャナが生まれた。これがデルフト陶器の評判を急落させていった。ポースレン・フレスを除き、30あったデルフトの大工房はすべて姿を消してしまった。
「ロイヤル」を冠して再起
ポースレン・フレスは手をこまねいていたわけではない。1876年に絵付け師ヨースト・スーフトを迎えてデルフト・ブルーを再現した。根強いファンが多く、21世紀の今日まで成型から絵付け、焼成まですべて手作業である。一人ひとりの熟練度と芸術性が作品のよしあしを決定する。
ポースレン・フレスだけが「ロイヤル」の冠を認められている。市内のみやげ物屋の家の裏で焼いた陶器も「デルフト焼」にちがいないが「ロイヤル」ではない。
タイル博物館
デルフトには二つの博物館があり、市立プリンセンホフ博物館では全盛期のデルフト焼が展示されている。
ランベルト・ファン・メルテンという19世紀の貴族のコレクションよりなるタイル博物館では、陶器やタイルを展示している。16から19世紀のデルフト焼やブルータイルの豊富なコレクションが展示されている。
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