2006年 10月 8日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉542 望月善次 ヒマワリのすがれの

 (第六日夕)
  ひまはりの
  すがれの茎のいくもとぞ
  暮るゝひのきをうちめぐりゐる。
 
  〔現代語訳〕ヒマワリの枯れ始めた茎の幾本かが、暮れている檜(ひのき)の回りを囲んでいます。

  〔評釈〕「大正六年一月/一九一七年」二十一首中(〔ひのきの歌〕)の十六首目の「444歌」で、「第六日夕」として置かれた一首。『アザリア』第一号では「ひまはりのすがれの茎は夕暗の/ひのき菩薩のこなたに 立てり」の形となっていた。「歌稿〔A〕」では、「ひまはりのすがれの茎らいくたびぞ暮れのひのきをうちめぐりたる」の形であった。「歌稿〔B〕」も、そうした形を受けながら、抽出歌の形となっていった。『アザリア』から、「歌稿〔A〕」の変化も少なくないが、「歌稿〔A〕」と「歌稿〔B〕」とを比べると、擬人性の強い「歌稿〔A〕」に対して、「歌稿〔B〕」の方は、擬人法という大きな枠組みは変えないながらも、擬人性を抑制して客観性を強めた表現となっている。
(岩手大学教授)


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