2006年 10月 9日 (月) 

       

■  岩手公園100周年シンポジウム 公園は街のシンボル

     
  岩手公園開園100周年を記念したシンポジウム  
 
岩手公園開園100周年を記念したシンポジウム
 

 岩手公園開園100周年記念シンポジウム(主催・同記念事業実行委員会)が7日、盛岡市松尾町の盛岡劇場で開かれた。市民約100人が参加。盛岡城跡公園の愛称決定を機に、市民にとっての公園のあり方について意見交換した。

 実行委員会会長の谷藤裕明盛岡市長は「明治39年に開設された岩手公園は9月15日で開園100周年を迎えた。盛岡城跡公園として次の100周年に向かって内外にアピールし、公園を中心としたにぎわいのある街づくりに取り組みたい。盛岡の名前は盛り上がり栄える岡の意味。盛岡城跡公園にふさわしい街づくりをしたい」とあいさつした。

  作家の斎藤純氏が「岩手公園と盛岡の文化」と題して記念講演。「盛岡城跡公園の名前を決めるにあたり、盛岡市民が岩手公園にきちんと向き合って考えたのは良いこと」と公園の名称論議を評価した。

  「これを機に旧町名の復活にも取り組んでほしい。盛岡城のひざ元にある町が、なに通り何丁目ではうまくない。盛岡の人は盛岡弁のように柔らかいが人間は頑固でしぶとかったりする。盛岡の人は誰もが心の花こう岩を持っているから」と述べ公園をよりどころに市民意識を喚起した。

  このあと岩大教育学部の望月善次教授をコーディネーターに、日本城郭史学会委員の神山仁、盛岡市都市整備部長の新沼正博、盛岡商工会議所女性会長の林晶子、賢治研究家の牧野立雄の各氏がパネルディスカッションした。

  牧野氏は「盛岡は公園都市、交流都市になってほしい。美しい公園のある町に」、神山氏は「盛岡城本来の姿を取り戻したい。明治7年以前の本来の城跡のようにしたい」など語った。新沼氏は「より多く、より楽しく人が集まる公園に」、林氏は「岩手公園から盛岡の町中により深く人が来てもらえるようにしたい」などと述べた。
 


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