2006年 11月 1日 (水) 

       

■  〈盛岡ことば入門〉319 黒澤勉 いだだきあんす  

 二二五、食べ物あれこれ(その一)まんま・でどご・はんでぇ
 
  これから何回かにわたって、食事、食べ物に関連した盛岡弁を取り上げていきましょう。初めに、(昭和30年ころまで一般的だった)日本人の伝統的な食卓の光景を紹介します。

  多くの家庭では食事の前にまず神様、仏様を拝みます。神棚には神社を型どった小さな社や、神社から頂いたお札が置かれていて、その前に杯があり、その杯の水を取り替えて拍手を打って拝みます。神様に水を捧(ささ)げるということも、もちろんあるでしょうが、水はいのちのシンボルであり、また魂を浄化するシンボルともなりますから、水を取り替え、清らかな心で、神様に感謝し、また祈願するということを表しているのでしょう。

  続いて、仏壇に供えてある、ご飯やお茶などを取り替え、合掌します。仏壇には先祖の位牌(いはい)が置かれています。お茶、ご飯を供えることは、先祖を供養し、感謝することです。宗派の開祖を拝むこともありますが、一般的には祖先崇拝に重点があるといっていいようです。

  このように神道と仏教が融合して、神様、仏様いずれも大切にするというのが、伝統的な日本人の信仰で、それは食前の神仏への供え物や、お祈りを通して具体化されていました。食事をとることができるのは、目に見えない神仏のお陰であると感謝し、今日一日の仕事がうまくいきますようにという謙虚な祈りの心もそこにはあります。

  「いただきます(いだだぎあんす)」とか「ごちそうさまでした(ごっつおさんでがんした)」などという食事のときの言葉は、その根底にはこうした宗教的感覚がひそんでいると思われます。

  明治になって「神仏分離令」という法律ができて、お寺と神社は政府によって強制的に分離されました。神道の国教化、天皇制による民衆の教化を意図した政府は、神道に肩入れして仏教を弾圧し、寺院、仏像、仏具などが破壊されました。

  しかし、長年続いた、なかば習慣化している神仏融合の宗教感覚は、寺院と神社を切り離しても、断つことはできません。日本人の多くの家に神棚と仏壇があるように、神様、仏様ともに大切にしたいというのが民衆の宗教感覚でした。

  それは「さはらぬ神に祟りなし」という、神仏を恐れる臆病(おくびょう)な心、どちらが正しいかを徹底的につきとめない寛大さ、あいまいさともいえますが、争いを嫌う温和な日本人の性格が反映しているといえるかもしれません。

  結婚や祝祭日には神道が、葬儀や供養など弔事に関しては仏教が多くかかわり、巧みにすみ分けてきたように見受けられます。

  歴史的にみると神棚や仏壇の誕生の背景には近世の檀家(だんか)制度と民衆の「家」意識が背景にあるようです。仏壇は彼岸や年忌法要などのときに僧侶の回向が行われました。こうした檀徒仏教の普及に対抗して、神道の側で伊勢神宮の御師が神符を家々に配り、それを置く場所として神棚が設けられたといいます。

  食に関する盛岡弁をテーマとするはずが、宗教の問題に脱線してしまいましたが、食事の前に神仏を拝んでから食事をとった、ということは「食べるときの心の持ち方」として重要なことです。結婚や死といった人生の重大事に登場する宗教が、こうして日常生活の中に溶け込んできたともいえるでしょう。

  神棚や仏壇は「じょい(常居)」と呼ばれる居間にありますが、食事をとるのは、多くの場合「でどこ」(台所)です。そこにはレンガ造りの「かまど」があり、天井から自在鈎(かぎ)を吊(つる)した「ひぼど」(いろり)があります。

  「かまど」は主にご飯を炊いたり、お汁を煮るのに対して「ひぼど」には「ごどぐ(五徳)」が置かれ、文福茶釜のような大きな南部鉄瓶がそれに載せられ、いつもお湯が沸いています。「ひぼど」は魚を焼いたり、冬の間、暖房ともなりました。「でどご」には茶碗(わん)などを入れた戸棚があり、「はんでぇ(飯台)」が置かれています。神様、仏様を拝んだ後、その「はんでぇ」を囲んで家族皆が座ります。祖父母との同居の上に、子供たちも大勢いましたから、一家族十人前後と、にぎやかな食卓でした。

  皆に食事だと呼びかけるときは、「ままだじぇ」とか「まんまあがれ」などと言います。「まんま」「まま」は一般にはご飯をいう幼児語とされていますが、盛岡弁では大人でも使います。江戸時代の文献にも「これこれ、まんま食べてきたか」(『塩原多助一代記』)などと出ていて江戸の大人たちも「まんま」といっていたようです。盛岡でも「ごはんでがんすよ」などと言うのは、都会風の進んだ家庭でした。

  「まんま」にせよ、「ご飯」にせよ、コメなわけで、それがそのまま「食事」を指す言葉にもなっているところに、コメを主食とする日本人の生活が反映しています。
  (岩手医大教養部教授)


 



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします