昭和54年5月、「橋」を総特集に組む、空間文化誌と称する『山河計画』(A5判・195ページ)が思考社から創刊されました。
橋のイメージは、人それぞれに違うのでしょうが、小生は、岩手公園の新渡戸稲造の碑「願はくはわれ太平洋の橋とならん」の「橋」を思い描くのです。
創刊の言葉はありませんが、編集室のページに「いつの日か、新しいスタイルの雑誌を世に出してみたいという夢が、いま、こうして現実のものに…」と、環境問題という分野に、新しい視角から切り込む「空間文化誌」といった性格をもつ雑誌の、創刊号であることを強調するのです。
そこで内容も徹底して「橋」です。目次を一覧しただけでも、「橋の随想」「橋の再発見」「彼岸にかける橋」「戦前の八名橋」「わが国における戦後の長大橋」「東京の橋」「京都の橋」「大阪の橋」「世界の橋」「イランの橋」「パリの橋」「橋の美意識」「石橋譚」「橋の文献解題」と、ざっとこんなものです。
野口武彦「深川永代橋事件」は、文化4年8月19日の深川八幡夏祭りの人出で、隅田川に架かる永代橋が落ちるという大惨事について書きます。
「…(略)水死者千五百人、今ならさしずめ、遺族は東京都の行政責任を追及する訴訟を起こし、橋梁管理の不備を申し立て、多額の損害補償を請求するところだろうが…(略)」と、江戸時代の橋りょう対策について検証します。かねて永代橋の老朽化に気付いていた滝沢馬琴は「こんなことがあろうかと、家族を新大橋に遠回りさせて難をのがれた」と「兎園小説」に書いているそうです。
創刊記念座談会「橋を文化としてみれば」では、上田篤・大橋昭光・進士五十八・多田道太郎ら土木工学の専門家や文芸評論家が、構造と機能の橋、モニュメントとしての橋、眺望としての橋など、実用的な構造物でありながら認知性と情緒性という両側面を持つ橋を、歴史的背景も加味して語り合うのです。
また一方では「橋を作らない文化」もあるとか、橋を作ると略奪者が入って来るからというのです。
昨年夏、女房と淡路島に旅行しました。明石海峡大橋を渡り大鳴門橋まで行って、鳴門海峡の「うず潮」をみてきました。淡路島のホテルの人は「橋ができて客が通り過ぎていく」と、話していました。 |