2006年 11月 6日 (月) 

       

■  〈グラフ〉黄泉(よみ)への入り口 盛岡市遺跡の学び館で古代エミシ首長の墓展

     
   
 
奥州市胆沢区南都田の角塚古墳(国指定史跡)から出土した円筒埴輪の写真パネル(実物は8日から展示)
 
  盛岡市本宮にある盛岡市遺跡の学び館の第5回企画展「黄泉(よみ)への入口〜古代蝦夷首長の墓〜」が1日から開催されている。盛岡周辺と県内各地の蝦夷の古墳や遺跡から出土した柄の曲がった蕨手刀(わらびてとう)、土師器(はじき)、鉄製胄(かぶと)、骨蔵器の壷(つぼ)など副葬品を中心に資料170点が展示されている。

  展示の第1章は、人の死〜大型の前方後円墳の時代(古墳時代)。日本最北の前方後円墳の角塚古墳(国指定史跡、奥州市胆沢区南都田)から出土した円筒埴輪は、表面に葺石(ふきいし)を持つ二段築成の構造で仕上げとデザインは現代的。

  同古墳から出土の鶏形埴輪(はにわ)とともに8日からの実物展示を前に写真パネルだけ。

  盛岡の中津川と米内川の合流点である薬師山のすそのに位置する薬師社脇遺跡(盛岡市浅岸)の土坑墓から出土した壷と鉢、鉄製の斧や刀子なども展示。

  第2章は蝦夷首長の墓〜末期古墳(古墳時代末・奈良・平安時代)。盛岡市の上田蝦夷森古群から出土した鉄製衝角付胄は頑丈な作りで、当時の豪族がよみがえるような思いにさせられる。

  山田町の房の沢古墳群からの蕨手刀は鞘(さや)に入れたままの状態でぼろぼろに腐食している。柄頭の形状が蕨の巻いた形の曲線が崩れないで保存されている。蕨手刀と直刀、方頭大刀の刀剣類に鉄製馬具も展示。緑色の塗料が残る鞘と足金具の蕨手刀を見ることができる。盛岡市上太田の太田蝦夷森古墳群から発掘した玉類もあった。

     
  盛岡市黒石野の上田蝦夷森古墳群から出土した鉄製衝角付胄  
 
盛岡市黒石野の上田蝦夷森古墳群から出土した鉄製衝角付胄
 
  第3章は盛岡の都南地区、乙部野遺跡出土の骨蔵器が展示されている。盛岡市上飯岡の丘陵に現在1基だけ残されている高館古墳は写真で紹介している。昔は6基ほどあったと言われ、昭和8年に県史跡調査員が調査した際に、蕨手刀や水晶の切子玉、鉄製馬具などが出土したという。

  展示資料は盛岡ばかりではなく、県内各地の古墳から出土した蝦夷の世界がよみがえる副葬品ばかり。企画展は来年1月21日まで。

  同企画展と合わせて12日午後1時30分から研修室で「太田・飯岡・羽場地区の遺跡〜蝦夷と志波城」、07年1月14日午後1時30分から「乙部・簗川地区の遺跡〜東西交流の交差点」それぞれに職員が地域の歴史について解説する。聴講無料。

     
  さやの足金具部分に残されている漆の塗料(房の沢古墳群出土)  
 
さやの足金具部分に残されている漆の塗料(房の沢古墳群出土)
 


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