2006年 11月 7日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉571 望月善次 ひしげたる蓄音機の

 ひしげたる
  蓄音器のまへにこしかけて
  ひるの競馬をおもひあるかな。
 
  〔現代語訳〕押しつぶされた蓄音器の前に腰掛けて、昼の競馬のことを思っているのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正六年四月」四十二首中の二十一首目の「471歌」。「歌稿〔A〕」には、行替え以外は、抽出歌と全く同じ形のものに、結句を「おもひありしか」と推敲(すいこう)したものがある。「おもひありしか」となると、過去の回想性は強くなるから一首の有する雰囲気には違いも生じよう。「ひしげ」は「ひしぐ(拉ぐ)」の連用形で、意味は、「押しつぶされてくだける」の意。抽出歌に即して言えば、要するに古い蓄音器なのである。話者の蓄音器への思い、競馬への思いの具体的な側面は知ることができないが、一見関係のない「蓄音器」と「競馬」とを結びつけるところに(抽出歌の完成度を別にして)文学が誕生する。なお、盛岡の円形馬場(菜園)は、明治三十六年の設立である。
(岩手大学教授)


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