2006年 11月 9日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉573 望月善次 花咲ける桜の枝の

  花さける
 さくらのえだの雨ぞらに
 ゆらぐはもとしまれにあらねど。
 
  〔現代語訳〕花が咲いている桜の枝が雨空に揺らいでいるのは、元々稀なことではありませんが。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正六年四月」四十二首中の二十三首目の「472歌」。「もとし」の「し」は、副助詞で、多く「強意」の助詞とされてきたもの。〔『岩波古語辞典』の「不確実・不確定」説もある。〕以下数首、「さくら」に関する、それも、次の「473歌」に示されるように、岩手県紫波郡の「日詰」の桜に関する歌が続く序歌的な一首。日詰は、川原仁衛門篇〔『宮沢賢治とその周辺』〕によって、賢治の岩手病院での「恋人」であると指摘された高橋ミネの出身地でもある。第四句から結句にかけての「もとしまれにはあらねど」は、その上に何を置くかが勝負なのだが、無難な一般的なものか。結句とは、反対の意味ながら「こんなことはじつに稀です」との対比も考えてしまった。
(岩手大学教授)

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