2006年 11月 10日 (金) 

       

■  〈古文書を旅する〉140 工藤利悦 郡上八幡金森様ご病死につき 

  ■金森兵部様御病死、御検使御下りにつき御吟味の節御答書
 
  一、金森兵部様、宝暦八(一七五八)年御預、同十三年六月御病死。御検使大岡源右衛門殿・鰕澤源左衛門殿御下りに付き、御吟味の節御答書
    御尋之ヶ条(回答を▽で区分した)
  一、金森兵部、何年以前、何月御預け成され候哉、誰殿より仰渡され候哉。▽宝暦八戊寅十二月二十五日御預けなされ候。評定所にて神尾備前守様仰せ渡され候。評定所列座は阿部伊豫守様、神尾備前守様、依田和泉守様、稲生播磨守様にて仰せ渡され候
  一、兵部何歳に候哉▽当未年(宝暦十三年)五十一歳の由に申し候
  一、江戸出立何時分は▽宝暦九年正月二十三日寅刻(午前四時頃)江戸出立いたし、道中十六日ぶり、二月九日盛岡着つかまつり候
  一、道中如何いたし召し連れ候哉▽用人一人、物頭二人、目付二人、士二十三人、医師三人、徒目付三人、徒七人、同心四十六人、乗物せん〆につかまつりまかり下り候
  一、評定所にて仰せ渡され候趣きはいかに承り及び候哉▽承知つかまつらず候
  一、兵部居り候間へ入候節は如何▽役人共番士、共に無刀にて入候
  一、常々附け居り候者共、まかり出で候様申し候哉▽番士六人が附き居り囲入口外には物頭一人、目付一人相詰めまかり在り候に付き、呼び出し申す事無く御座候
  一、兵部居り候場所、夜中も見廻し候哉▽番士六人充て附け居り、囲入口外には物頭一人、目付一人、番代仕、右何も不寝番仕り、時々見廻し申し候
  一、平生の身持は如何▽行儀正しく御座候
  一、平脈は如何▽実成る脈に御座候
  一、常々丸散用い候儀、両用の薬を用い候哉▽丸散共折々用い申し候
  一、平心に候哉▽何これ相替る儀御座なく候
  一、常々何ぞ書物等見申度き旨申す儀これ無く候哉▽好み申さず候
  一、麺類給いなし候哉▽好み候得ば給いなし候
  一、食事は好み候て出し候哉▽好み候節出し申候
  一、楊枝を遣し候儀は如何▽遣なし申さず候
  一、菜数何程、何れか好みこれあり候哉▽二汁五菜、分けて好物と申す品も御座なく候、五節句は茶菓子、後菓子を給いなし申し候
  一、菓子などは好みこれ無く候哉▽折々好み候節に出し申し候
  一、精進日は如何▽三日、四日、七日、八日、十日、十一日、十二日、十四日、十七日、十八日、二十日、二十一日、二十三日、二十四日、二十六日、二十八日、晦日、但、小の月は二十九日、右何も前夜より当日夜まで
  一、常々椀膳は如何用い候哉▽常々椀膳用い申し候
  一、箸は何寸に候哉▽四寸二分に仕り候
  一、魚類を給いなし候節、皿を用い候哉▽木皿を用い申し候
  一、上戸か下戸か▽下戸の由申し候、酒は給いなし申さず候
  一、湯など好み候節は如何▽木椀にて給いなし申し候
  一、たばこはいかが▽給いなし申さず候
  一、常々苦々いたし候躰など相見え候哉▽相見え申さず候
  一、常々何をいたし居り候哉▽何の仕業も御座なく候
  一、常々話は何をいたし候哉▽時節の物語を致しまかり在り候
  一、常々介抱は如何▽随分心に随ひ介抱つかまつり候
  一、髪月代の事は如何▽髪は詰めなし申し候、月代は致しなし申さず候
  一、朝夕行水の事▽日々遣しなし申し候
  一、湯行水の事は如何▽好み候えば致いなし候
  一、はさみ類は遣し候哉▽遣しなし申さず候
  一、爪の事は如何▽爪は取りなし申さず候、木賊(とくさ)にて摺り申し候
  一、不断衣服の事は如何▽羽二重を相用い申し候
  一、蚊帳たれ候哉、団の類は遣し候哉▽蚊帳たれ申候、団の類は遣しなし申さず候
  一、帯の事▽真なしを用い申し候
  一、燈は如何▽有明(終夜、あんどんを灯しておくことか)を差し出し申し候
  一、寒暑の事は如何▽寒気難儀の由申し候
  一、常々夜分は何時に寝候哉▽夜四時(午後十時頃)前後に寝申し候
  一、常々朝何時に目覚め候哉▽朝五時(午前八時頃)前後に目覚め申し候
  一、最初着し候衣服は如何▽仕廻い置き候、右衣服の儀、此度伺い奉り候処、兵部親類共へ遣し候様、松平右近将監様仰出され候
  一、せい(背)恰合は如何▽せい高く中肉にて御座候
  一、常々両親妻子の事話し候哉▽話し申さず候
  一、死後の儀は何共申さず候哉▽何も申さず候
  一、塩にて詰め候月日剋限▽六月六日夜寅剋(七日午前四時頃)に相詰め申し候
  一、死骸を入れ候箱の大きさは▽長さ六尺八寸五分、高さ一尺九寸四分、横弐尺八寸六分
  一、手跡は如何、額文有無の事▽手跡額文相知り申さず候
  一、足袋ははかせ候哉▽はかせ申し候
  一、下帯の事▽越中下帯を用い申し候
  一、頭巾の事▽かぶり申さず候
  一、宗旨は何にて候哉▽臨済宗の由常に申し候
  一、冬は火を置き候哉▽火鉢を差し出し申し候、火箸は出し申さず候
  一、両便所場所はいかが▽囲の内にしつらい申し候
  一、不断に着せ候夜具の事▽ちりめん・さあや・布を用い申し候
  一、今度死去に付き、煩付候事は如何▽当五月十六日より少々浮腫御座候
  一、病気重なり候は何時分に候哉▽六月六日未剋(午後二時頃)より差し重なり申候
  一、病気重なり死去の剋限は何時これあり候哉▽六月六日戌上剋(午後八時過ぎ)に死去仕り候
  一、物頭泊番これあり候哉▽物頭一人、目付一人、代々不寝番を仕り候
  一、用人は如何▽日々見廻し申し候
  一、常番人は何人相勤め候哉▽番士三十六人附け置き、十二人ずつに勤番いたし候
  一、附置き候物頭・目付役の勤方は如何候哉▽物頭定懸り御座なく候、目付二人定懸り申し付け、一人ずつ勤番いたし候
  一、表門足軽番何人に候哉▽表門同心三人ずつ出張り、番所二カ所に二人ずつ差し置き申し候。門上番士は一人ずつ差し置き申し候
  一、医師は不断附け置き候哉▽四人定懸り申付け置き、絶えず見廻し申し候
  一、病気の節、他医の薬を用い候哉▽用い申さず候
  一、医師勤方の儀は如何▽附置き医師四人、内一人ずつ日々にまかり出で候外、番医三人の内一人ずつ昼夜詰め居り申し候、病気付候より相そろい附き居り申し候
  一、鍼灸いたし候哉▽鍼灸共に致さず候、病気差募り、指込み強く御座候に付、鍼を相用い申し候
  一、御預の後火事これ無く候哉▽兵部居所に出火は御座なく候
  一、火事これあり、兵部退き候儀は如何心得に候哉▽駕籠に乗せ、せん〆に仕り、用人・物頭・目付士共に、其外同心已下手当を仕り置き候
  一、大小評定所にて札これ在り候哉▽御札御座なく候
  一、刀は兼元金象眼目釘穴二ツ有り、長さ弐尺四寸七分。「鮫は白鮫」「目貫は金獅子二疋連」「縁頭は縁金四分。「宝尽は頭四分の一、鑢は舟底引通し。「柄糸は茶さざなみ、三分糸、柄長六寸八分」「切羽は赤銅菊割」「はばきは一枚はばき、金着せ」「鍔は鉄鍔菊大透し、両ひつ金にて埋め、銘有文字消候て相えず」「鵐目は赤銅」「下緒は茶あやすき」
  一、脇差は備前国吉井藤原清則、享徳二年三月日、差長表釼梵字、差裏樋有之、コマハシ目釘穴二ツ有、長さ一尺八寸九分、鞘上二尺五分。「鮫は白鮫」「目貫は金虎」「縁頭は縁銅大七子、頭金四分一、模様狗背ささいへ植る」「柄糸は茶さざなみ、三分糸、柄長さ四寸八分」「切羽は赤銅菊割」「はばき 二枚金 上はばき 無垢、下はばき着せ 桐の紋有」「鵐目は赤銅」「鍔は鉄鍔 丸之内六曜」「下緒は茶あやすき」
  右御尋成され、カ条一々御答書つかまつり候通りに御座候以上
    月日        定番士
              目付
              寺社町奉行
              用人
              年寄
     御検使両人殿付 宛所
  宝暦十三年七月二日下着、御検使大岡源右衛門殿、御徒目付鰕澤源左衛門殿、御見届相済、御検使書は懸御役人、御構付役連判にて書上、六日町御仮屋にて差出相済。
  右御構御用懸御家老桂兵庫、御用人三上多兵衛、安宅市郎右衛門、寺社町奉行簗田平右衛門、御目付新田目佐兵衛、浅石清左衛門

   【解説】
  金森兵部少輔頼錦は美濃国郡上郡八幡城主。宝暦八(一七五八)年御預。同十三年六月六日病死。享年五十一歳、城下北山の法泉寺に葬られた。宝暦四年に端を発した世にいう郡上一揆は、幕府役人をも巻き込み処罰されるに至ったみぞうの大事件として知られる。
  本文は、病死の知らせを受けて検使が吟味した際の盛岡藩側の答弁内容を記したものである。盛岡に謫居(たっきょ)中の五年間における様子などが記録されている。ひとり金森氏に留まらず、謫人(たくにん)を預けられた側の対応などを知る上でも貴重な記録である。

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