■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉45 鯨山(くじらやま、610メートル)
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シロナガスクジラは現在地球上に生息する最大の動物で、およそ体長30メートル。これは新幹線1車両分の大きさで、ピノキオどころかライオンや象だってひと呑(の)みだ。これぞ脅威のボディー、海の王者ならではの巨体である。
船越湾に2頭の鯨あり。山田町と大槌町の境目には「鯨山」という名の山がある。そして「鯨峠」をはさみ南西には「小鯨山」があった。親子クジラが泳ぐかのように山並みをとらえるとは、なんて豪快なファンタジーだろう。
−−漁の帰りは、鯨山をめざせ−−
海が荒れようと、たとえ方角を失おうと、漁師は知り尽くしたシルエットを捜し求め、海鳴りの中からクジラの声を聴きわけるのだという。山田湾・船越湾・大槌湾で働く漁師なら、いつもかたわらに座すクジラの姿は忘れない。鯨山はまさしく帰港の目印「母なる頂(いただき)」なのである。
昼の気温が10度を下回ると初冬の風が吹く。温暖な海岸線あたりでは根雪にまだ早い。公子さんと2人で国道106号を宮古市へ東進。それから国道45号を南下して、山田町と大槌町の境にある県南青少年の家へ行った。
いくつかある登山口のなかで、最もお薦めできる林間尾根コースは、県南青少年の家が出発地点になっていて、およそ2時間で山頂に立つことができる。登山者カードに記入し駐車をお願いして、キャンプ場の左手ミニ階段を登ろう。
よく整備された清潔なマツ林をのんびり進み、眺望のいいリアスの丘にあがる。そこからは小さくアップダウンをくりかえすクジラの背のような尾根歩きが続く。1時間20分で十文字分岐に達した。
分岐から路(みち)は急になり、ロープにたより岩に這(は)いつくばって一直線に登る。ときどきリアス式海岸を眺め、上がった息を整えるよう。眼下に、テレビ番組のモデルになったあの「ひょっこりひょうたん島」が見えた。権現様を祀(まつ)る「鯨山神社」と二等三角点のある山頂は、すぐそこに迫っている。
公子さんは野鳥にめっぽう強い。いつものバードウオッチングが楽しそうだ。「ヤマセミ! 枝に止まっている。珍しい」とか「ヤマガラがいた。ピーと鳴いたのはヒヨドリ」「小さな鳥はエナガ」とつぶやく。一瞬にして気配をつかむ鋭い視線とジャンボな耳は、神業にちかい。
「獣の肉を食べてはいけないという和尚さんに、『こいつぁ猪(イノシシ)じゃありません。山の鯨です』と返した小僧さん」−クジラにおけるわたしの連想は、せいぜい落語のトンチ噺(ばなし)にすぎなかった。「山鯨」とは、猪の肉の異称である。
(版画家、盛岡市在住)
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