■ 〈ドイツ西部の森と街へ〉3 下田一 ハスブルーフ自然保護区
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自然保護区と聞けば山奥にある傾斜地と想像するが、ハスブルーフは周囲に農家と牧草地があるモレーネの小丘陵に続く平坦地で、アォト・バーン(高速自動車道)から分かれてすぐそばにある。
入り口の案内板を指さしながら、ポット教授が説明する。「この地域は、石英を含んだ砂地で、養分的には痩(や)せ地である」「侯爵夫人の所有林を中心に農家が周りにあって、ブタなどの家畜を飼っていた」「十八世紀後半イギリスから始まった産業革命は、技術革新による産業の発展とともに、社会や経済に大きな変革をもたらし、ここにあった農村も変化した」「放置されていた森林や放牧地が『アルト・ドルフ(古い村落跡)』として、1880年(明治13年)自然保護区に指定された」「いまはEU(ヨーロッパ連合)の管理下にあって、UNESCO(ユネスコ:国連教育科学文化機関)が指定する世界自然遺産に次ぐレベルの保護区である」
自然保護の考え方が19世紀後半、当時のドイツ帝国では、すでに確立されていたのは驚きであった。
教授が続ける。「面積は630ヘクタール、中心部が旧貴族の侯爵夫人の所有林である。北緯53度、標高は20メートル、暖流が寄せる北海沿岸から50キロにあるので、年平均気温は15から16度、年間降水量は800ミリメートル程度、雪は降るがすぐに消える」
北緯40度近くにある盛岡よりも、この地域は13度も北に位置しているから寒いように思えるが、メキシコ暖流の一部が流入する北海に面しているので、年平均気温は盛岡よりも5度も高い。温かいので降った雪も積もらないで、すぐに融けると分かる。植物の生長に必要な降水量は盛岡の半分ほどであり、日照時間も少ない。
森の中の歩道を進みながら、ポット教授が説明する。「森の主木はミズナラで、高木になっている。トチノキが混じり、その下にシデやトネリコの中木、地表近くには低木が育って、多層の樹木で構成されている」。林道から見えるミズナラやトチノキの樹高は、40メートルはあるだろう。鬱蒼(うっそう)とした薄暗い空間が広がって、物音一つ聞こえない静けさの中に、よく通るポット教授の声が響く。
「林の中に土塁があるのは、家畜を放牧した名残りである」「ヨーロッパ人は、森に家畜を入れて養ったが、東洋にはない森の利用の姿です。ミズナラやトチノキの実であるドングリを食べさせたのです」
歩みを進めて行くと、カラマツやクリが十数本見えてくる。列に並んでいるのは農家が植えたもので、自然に生えた木ではないという。まだ紅葉に早い時期なのに、クリの葉っぱの一部が褐色になっている。「クリはギリシャなどの地中海地域から入ってきたが、この土地本来の樹木ではないので、葉っぱが昆虫に食べられるのです」「この昆虫はアルバニア(ギリシャの隣国)から入ってきた、葉虫の一種です」
通訳するのはドイツ人を夫にもつ、恵子・ヴァルトヘッカー・尾崎さん。宮脇ツアーは3回目という。特殊な専門用語の訳に詰まると、宮脇先生が助け船を出す。
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