2006年 12月4日 (月) 

       

■  〈賢治の歌〉597 望月善次 薄明のコロイド液に

 薄明の
  膠朧液に
  とざされて
  白雲浴ぶる
  七つ森なり
 
  〔現代語訳〕(夕方の)薄い光りのコロイド液の中に閉ざされて、白雲を浴びている七つ森なのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」「大正六年四月」四十二首中の三十九首目で「490歌」の下に書かれた「490・492a歌」。「薄明」は、ここでも夕方のそれ。「膠朧液(こうろうえき/「コロイド液」の訓(よ)みもあろう。)」は、所謂(いわゆる)「コロイド」状態の液。「コロイド・膠質・膠朧」は、賢治の存在哲学、宇宙観の一つの中核をなす概念である〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕。「岩手山」の「そらの散乱反射のなかに/古ぼけて黒くえぐるもの/ひかりの微塵系列の底に/きたなくしろく澱むもの」は余りに有名だが、それと同じ発想が、「七つ森」に対してもなされていることは、強調しておいてよいことである。しかし、同時に、それが短歌定型を生かしているかとなると、自(おの)ずから別の評価ともなろう。
(岩手大学教授) 

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