2006年 12月5日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉598 望月善次 かげろうはうっこんこうに

 かげらふは
  うつこんかうに湧きたてど
  そのみどりなる柄はふるはざり。
 
  〔現代語訳〕陽炎は(かげろう)、鬱金香(うっこんこう/チューリップ)に湧(わ)き立っていますが、チューリップの緑の柄は揺れ動いてはいないのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」「大正六年四月」四十二首中の四十首目で「492歌」の下に書かれた「490・492a歌」。推敲(すいこう)の跡著しく、初句「チュウリップ/日の酒は」、第二句「かゞやく酒は」、第三句「湧きたれど」、第四句「そのみどりなる・花のみどりの」等がある。「うつこんかう(鬱金香)」は、チューリップの意。後に、童話〔研師と園丁〕や「チュウリップの幻術」へと展開する種となっている作品ではあるが、単独の短歌作品として見た場合、必ずしも意味は通りやすくはない。また、連作中の一首として見た場合、前後の作品から夕方の世界の中の一つとして置かれているのだが、その適否については異論も出るであろう。つまり、短歌の自立性からは「心余りて、詞たらず」の一首。

  (岩手大学教授)
 

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