2006年 12月7日 (木) 

       

■  〈ドイツ西部の森と町へ〉5 下田一 オルデンブルク市博物館の結婚式

 バスが、もと貴族の館であるオルデンブルク市博物館の中庭に入った。

  好天の日差しの下で、20人ほどのグループが、あちらこちらに分かれている。どの集まりも輪の真ん中に、白いウエディング・ドレスのお嬢さんと黒服の新郎が、うれしさいっぱいの笑顔で立ち、周りは2人の結婚を祝う人たちである。

  祝福の集まりを日本流にいえば披露宴になるが、一般的なドイツ市民のそれは、まったく簡素である。手に手にヴァィン・グラスを持ち、チーズやパンを入れた手提げかごが回されて、好みの食べ物をつかみながらの談笑である。大きな笑いが立ち上がる。新婚さんを冷やかしているのだろうか、どこの国でも結婚披露はにぎやかである。

  10年ほど前、ハイデルブルク市庁舎の前広場で同じ光景を目にしたこともある。

  ドイツの結婚は、2人で市庁舎に赴き、担当者の前で書類にサインすれば成立するというが、1カ月に1度だけの土曜日に、この博物館でも受け付けるので人気が高く、今日は8組の挙式があると、ドライバーのヨアヒム君が聞き込んできて教えてくれた。

  オルデンブルクは典型的なホームタウンである。若いカップルが『あの博物館で結婚式を挙げたい』と希望が多いのは、この貴族屋敷が、若い2人に幸せをもたらす由緒があるのだろう、と想像してしまう。

  ドライバーのヨアヒム・ヴィーンス君は長身で痩(や)せぽっちの独身、28歳である。ヨヴィー旅行社を名乗っているが、社長がドライバーを兼ねている。社名のいわれをきくと、彼は私のノートに名前と苗字を書いて『二つの頭文字を組み合わせたヨヴィー』と教えてくれた。

  バスはベンツ社製で新しい。ヨアヒム君はポット教授のお気に入りで、教授が案内するツアー客が多いという。運転は慎重で、1週間のドライブで危ないと思ったことは1度もなかった。毎朝彼に、その日の道程を地図で確かめたり、休憩時間にいま走ってきた小村の名を訊(たず)ねると、間違いなく教えてくれた。親切な好青年である。

  ただし気になることが一つあった。ドイツの習慣なのだろうか、1日のドライブが終わっても、窓ガラス掃除をしないのである。最終日には、フロントガラスに小虫の死骸(がい)が目立つようになって、写真にもはっきりと残っている。

  日本に比べてドイツは、植物も動物も種類が少ない。高緯度、日照時間の短さ、少ない降水量という環境条件が違うからであろう。あるドイツの植物学者が訪日し京都の夏の夕暮れを楽しんだ。折からヒグラシが一斉に鳴き始めると、学者先生は『あの鳴き声はなんと呼ぶ鳥であるか?』と質問したという。ドイツにはセミが生息していないので、鳥の鳴き声と思ったらしい。環境条件から推測すれば、ホタルも生息していないのではなかろうか。

  通訳の尾崎さんは仕事熱心であった。ポット教授の説明が一区切りすると通訳をする。植生や森林の専門用語で、訳が不適切な個所は宮脇先生が、訂正したり補足をすると、すぐ隣の私に意味や日本字を聞いてメモを欠かさない。「熱心だね」と褒めると「通訳も競争が激しくて、あの人は間違いが多い、と評判を落とすと、次の仕事がなくなるから」と、業界の厳しい様子を教えてくれた。

  恵子さんは小柄で名古屋出身、大阪万博のコンパニオンのとき、日本に来た旦那(だんな)さんに一目ぼれして追いかけて来たのだそうだ。小太りなのは中年に差し掛かった年齢のせいと見受けた。


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