2006年 12月7日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉600 望月善次 濾し終えし濾斗の脚の

 濾し終へし
  濾斗の脚のぎんななこ
  いとしと見つゝ
  今日も暮れぬる。
 
  〔現代語訳〕濾(こ)し終わった漏斗(じょうご)の脚の銀斜子を、かわいらしいと見ながら、きょうも暮れたのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」「大正六年四月」四十二首中の最終歌で「494歌」。「歌稿〔A〕」では、「濾し終へし/漏斗の脚のぎんなゝこいとしと見つゝ今日も暮れぬる」とほとんど同じ形で記されているが、墨の棒線の後、いくつもの斜線でも抹消している。「濾斗」は、「歌稿〔A〕」で見るように「漏斗(じょうご)」のこと。「上戸」に通じて酒を吸い込むところに由来するという。「ななこ(魚子・斜子・七子・魚々子)」は、彫金技法の一つ。金属面に粟(あわ)粒を並べたように細粒を凸起させたもの」〔いずれも『広辞苑』〕。「銀ななこ」は、その銀製のもの。単独の一首だとすれば、実験室の一風景などがふさわしいのだが、連作的には、どう見ても夕方の風景のはず。が、そこが賢治らしく強引か。
  (岩手大学教授)


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