2006年 12月9日 (土) 

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉47 蓬莱山(ほうらいさん、787m)

     
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  ほーらい…おだやかな響きだ。辞書を引くと「中国では神仏が住む霊境を『蓬莱(ほうらい)』と呼び、俗界を離れたすばらしい世界が広がっている」とあった。

  奥州市江刺と一関市大東町の境には、根木町牧場や阿原山牧場、天狗岩牧場、蛇山牧場などが点在しており、思いもよらない高所まで農道が延びている。カーキ色のシートを広げたような牧草は波を打ち、まるでユメの世界に舞いおりた感じだ。それだけに現在位置が特定しにくく、どこまで行っても草原、草原、また草原という具合で、初めてこのエリアを訪ねた私はかなりとまどった。

  蓬莱山は息をあげて登る山ではない。きつい登山のイメージからはおよそかけ離れ、ゆるいスロープを上がったり下がったり。だから、のんびり、ゆったり、景色をのぞく感じで歩く。立ち止まり、そしてまた歩く。いわば、草を食(は)み、移動する牛のリズムがどことなくマッチする。

  太陽と雲と光り、雨と虹、月と星、草原をわたる風、木々の葉音、飛びかう小鳥たち…いのち溢(あふ)れる理想郷を賢治はイーハトーブと呼んだ。自然に身を放りこみ、なにも考えない時間−−日ごろ忙しい大人には、気のきいたご褒美になるだろう。子供? むろん喜ぶ。
 
  蓬莱山へは県道262号線から起点になる田原峠をめざす。峠は奥州市と一関市、阿原山と蓬莱山への分岐点となる十字路で、数台の駐車ができる。阿原山と反対側の作業道に進入し、ひたすら南の方向に進む。

  20分ほどで林道は終わり、続いて石ころの上り道を20分。右手の「立石」と呼ばれる崖(がけ)に沿ってさらに20分行くと、トイレとベンチと案内板のある広場に至る。旭巌神社と刻まれた小さな祠(ほこら)のそばで小休止しよう。

  広場から大岩に上がると長い痩(や)せ尾根になるため、足元に注意が肝心。ルートから少しそれた大岩の先端にも、牧場を見守る祠があった。いったん車道に出て左へ。田原峠から1時間30分で、二等三角点と鉄塔のある山頂に着く。

  南東の室根山が富士山に似て立派だ。あのなだらかな山容は五葉山。遠いシルエットは果たして、早池峰山かな? どこまでも深く、岩手が広がっていた。

  もはや太陽は沈みかけている。私は田原峠まで引き返し、向かいの天狗岩山の斜面に立った。そして急ぎ、蓬莱山の消えゆくカタチをスケッチした。

  晩秋の陽(ひ)は蓬莱山の肩に落ち、あっという間にすべてが黒いベールに覆われる。「オッと、危ない!」いきなり飛び出したのはホンシュウシカの親子だ。

  闇の支配に切りかわってもまだ、月はやって来なかった。(盛岡市在住、版画家)

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