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旅館に泊まりに来た人たちのことを思い起こす菅さん |
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夕顔瀬旅館(盛岡市材木町10の19)は、1920年代の創業。盛岡の北の玄関口である夕顔瀬橋のたもとで旅人を迎えては送ってきた。女将の菅洋子さん(72)は「昔は盛岡に騎兵隊があって、家族の宿泊所と面会所の旅籠(はたご)になっていたそう」と創業当時のにぎわいをしのぶ。明治、大正、昭和と3代にわたり掛け替えられた夕顔瀬橋のたもとで営んでいる。窓から見た北上川の流れだけは変わらない。
菅さんは「ひところは出張員が多かったが、わたしのお客さんたちも退職して半分くらいになり、工事関係の人が多くなった。あとはスポーツ関係だが、盛岡でやる競技が少なくなったのか、野球も会場が分散したのでだんだん少なくなって」と時代の変化にちょっと寂しそう。
それでも「旅館をしていると『あのとき来たときにここで寝させてもらった』とか、懐かしがって来てもらったりするのがうれしい」。
「静岡から東京に出てきて郵便局に勤めていたが、どうでもよくなって盛岡に来た」という暗い顔の客があった。菅さんが「自転車を貸してあげるから街を見てきたら」と気晴らしを勧めた。その客は何をするでもなく帰っていったが、あとで「自分は生きるのが嫌になってどうしようかと思っていたが、自転車に乗って盛岡の街に癒やされて思いとどまった。今はまじめに職場で働いている」というはがきが来た。
菅さんは「その人とはずっと年賀状のやりとりをしていたが、旅館をやっているといろんな人に出会う」と目を細める。
ホテルが林立する盛岡駅前に近い立地だが、旅館のファンは根強いと感じている。「親子2代のお客さんもいて、お父さんから息子さんになっても旅館がいいという。やはり畳に泊まりたいと。盛岡では旅館、八戸ではホテル、青森では旅館という人も」と話し、すみ分けできると感じている。
盛岡市内でも旅館は少なくなったが「みんなやめないように頑張ろう」と同業者を励ましている。電話(019−624−2511)
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