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昔ながらのたたずまいの瀬川屋旅館と瀬川正人社長
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瀬川屋(盛岡市八幡町3の21)は安政年間創業の老舗。そば屋や料亭などを経て戦後は旅館になり、昭和40年代からはユースホステル、50年代からはビジネス客に重点を移して営業し、多くの常客に支えられてきた。女将の瀬川和子さん(50)は「うちは昔のままでインターネットで予約を取ったり、カード予約などもやっていない」と昔ながらのたたずまいを大切にしている。元は料亭だった宿に八幡町の奥座敷があった。
瀬川屋は明治9年(1876年)から高級料亭になり、戦時中の高級料亭廃止の政令でいったん店を閉め、終戦直後に松尾鉱山の社員寮となって1947年から旅館を営んだ。奥の間にはかつて茶室だった部屋から見事な庭園が望まれ、八幡町の往時をしのばせている。
現在は社長の瀬川正人さん(57)と和子さんが経営。和子さんは「昔、ユースホステルをやっていたころはすごい人数だったそう。最近は営業マンの人が来るのも少なくなった。会社も存続しているかどうか。たまに来ていた人もリストラになったのか、前は一泊していたが日帰りで帰るようになったのか」と話し、不況のもとでの経営に目配りしながら切り盛りしてきた。
客足は公共事業の増減などにもより、旅館の繁閑は世の中の台所事情を映し出す。
和子さんは「今は現場の人たち、マンションやスーパーなどの建設が多くなっている」と話し、景気が幾分、上向いてきたことも感じる。
盛岡の街もマンションが多くなり、住民の入れ替わりも激しくなった。盛岡に生まれ育ちながら盛岡を離れざるを得なくなったお年寄りが法事に帰省し、泊まりに来るという。「お寺参りに来る人が春と秋とお盆と年3回あり、自分の生きているうちはお墓を拝みに来たいと言ってくる」と話し、寺町に近い宿で盛岡の心を守っている。電話(019−622−7141)
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