2007年 1月 8日 (月) 

       

■ 〈盛岡百景〉95 寺町通り

     
  寺町の歴史を考慮して整備された寺町通り  
 
寺町の歴史を考慮して整備された寺町通り
 
  古い街並みが好きな側にすれば、いつまでも残ってほしいと住む側の気持ちを抜きに思う。街並みを連続して更新する道路拡幅を嫌う人がいるのも当然だろう。だが、モータリゼーションは都市構造の大きな変革をもたらした。日本の都市の至るところで街並みが大きく変わったが、その道路資本整備に現代人の大半が恩恵を受けてきた。

  道路拡幅を望むのも反対するのも、双方の考え方にはうなずくべきものがある。ぶつかるのは仕方がないことで、地域にとって良い結論だったと思えるような結果に導かれることが大事なことなのかもしれない。

  国道455号に面した寺町通りは、南部氏が盛岡に居城後、城下町づくりで寺院を集積した2つの寺院群の一方。江戸時代から続く寺町で、北山寺院群と呼ばれる。今は国道4号バイパス整備で分断されたが、今も広い範囲に20を超える寺院が集まり、通りには10の寺が面している。19・8ヘクタールは市の環境保護地区だ。

  455号は盛岡と岩泉などを結ぶ幹線で、松園など市北部の宅地開発により通勤ルートとして交通量が増していった。道路整備前の写真を見ると、道幅は狭くカーブも多いため現代の交通需要に応えられてはいなかった。半面、昔ながらの風情を残す表情を見せていた。拡幅の必要性は分かっても、残してほしかったと、今思う人もいるに違いない。

  では整備の結果はどうだったのか。交通需要に応えたのは間違いないだろう。通りの表情はどうだろうか。30万都市の都心に接した地域ながら、現代都市の無機質感は少ない。それは通りに面した多くが寺であり、店なども寺に関係するようなものであることが大きい。寺の塀が白壁や板張り、石組みで、瓦ぶきと伝統的な趣で、華美なネオンや看板が抑制されているところも統一感を生んでいる。

  整備は都市計画街路事業・下の橋寺山線として、県が1973〜87年に施行した。寺町の歴史を考慮して整備が進められた。都市では不可避の電線、電柱も地下に埋設され、無電柱化された景観は電気のない時代を想像させる。自然石の歩道空間もゆったりと取られている。

  歩車道の間には街路樹や生け垣が整備されたが、1本の大きなケヤキが通りのアクセントになっている。寺の敷地にあったのが拡幅で道路側に出ることになったのだろう。伐採せずにポケットパークを設けて生かし、「歴史ある日傘」の下で休むことができる。

(井上忠晴記者)

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