2007年 1月 12日 (金) 

       

■  〈EU見たまま〉オーストリー編2 小野吉郎 ホフブルク宮殿

 今でこそヨーロッパの小国で、北海道より少し広い。しかも国土の半分は山が占めている。第一次世界大戦で敗戦国になると、オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊し、ハンガリー、チェコ=スロヴァキア、ユーゴスラビアが独立し、その上領土の一部をポーランド、ルーマニア、イタリアに割譲した。海への出口や重工業地帯などを失い、中欧の大国は消えた。多民族国家から民族自決により、一民族一国家にまとめるべきところ、不徹底のままユーゴスラビアのような新しい多民族国家がまたできてしまった。

  ヨーロッパの名門王朝

  かつて700年近く君臨したハプスブルク王朝は、はじめスイスの小さな領主だった。戦争や結婚でどんどん領土を広げた。中欧だけでなく、スペインとその植民地だったメキシコやペルー、フィリピンなども領有した。「ハプスブルク帝国では太陽は沈まない」と皇帝は豪語した。しかし一人の皇帝ではこれだけの大帝国を治めることは不可能と判断したカール5世は、スペインを弟に譲った。

  フランスとの政略結婚

  フランスとは同じカトリック教の国同士なので、歴代のフランス王は、代々ハプスブルクの王女を娶(めと)った。ルイ13世とルイ14世はスペインのハプスブルク王女、ルイ16世はオーストリアのハプスブルクの王女マリー・アントワネットと再婚した。その上ナポレオンまでも同じくマリ・ルイズを後妻に迎えた。

  ホフブルク宮殿

  ハプスブルク王家が650年間住んだ王宮で、代々改築や増築を繰り返し、複雑な構造になってしまった。2500以上の部屋があり、一部は高級マンションとして分譲されている。
  王宮の入り口はミヒャエル広場側にある。ホフブルク宮の建物を年代順に挙げると

  スイス宮 13世紀に建てられた最古の部分。かつて濠(ほり)と跳ね橋があった。その後ルネサンス様式で増築され、スイス人が近衛兵として活躍しているのにちなみ、その宿舎となる。それでスイス宮と呼ばれた。

  レオポルトウイング マリア・テレサ女帝の住まいで、末娘マリー・アントワネットも結婚前ここで暮らし、現在は大統領官邸。

  アマリア宮 ここは18世紀のアマリア妃以来、歴代の王妃の住まいだった。

  アルベルティーナ宮 18世紀に建てられた元王宮で、今はブルンクサール国立図書館。世界一美しい図書館。スペイン乗馬学校や宮廷教会もあり、その聖歌隊の創立は1498年にさかのぼり、ウイーン少年合唱団となる。シューベルトもかつてそのOB。毎日曜2回同合唱団がこの教会で歌う。入場料のチケットを買うのに長い行列ができ、一人2枚までしか買えない。

  新宮殿 弓形の巨大な建物。1918年、第一次世界大戦の敗戦で帝政は倒れ共和国となる。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします