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かつてトルコ軍の包囲からウィーンを救った英雄のプリンツ・オイゲンの夏の離宮だった。上宮と下宮からなり、上宮は高台にあって緩やかな斜面の庭園で下宮と結ばれている。上宮からは下宮越しに見えるウィーン市内の眺望が絶景だ。
そもそもフランス語で「ベルベデール」は見晴らし台のこと。
プリンツ・オイゲンという人物
オーストリー帝国の18世紀前半の最高権力者。元はサボイ公の分家の息子だった。サボイ公の家柄は後年イタリア統一後のイタリア国王となる。
しかしそれ以前はフランスとオーストリアの二大勢力に挟まれて、どちらかにつかなければならなかった。母親はフランス宰相となったイタリア人マザランの姪(めい)だった、ルイ14世に引き合わせて側室にしようと企んだが、2人の相性はよくなかった。
その後サボイ公の分家の一員と結婚して生まれた息子。成人してフランスに仕官しようとしたが、ベルサイユ宮殿では相手にされなかった。
そこでオーストリー皇帝の臣下となり、軍人と外交官として手腕を発揮し、たとえ戦で敗れても外交で勝つのがうまかった。陸軍元帥となり、70代になってもなおトルコと戦った。そして包囲されたウィーンを救った。オーストリア最大の権力者となった。
文化人でもあり優れた美術コレクションを集めた。
相続者は美術品を処分
一生独身だったので、死ぬと本家のサボイ公爵夫人が美術品を売って現金化して去った。その後ベルヴェデーレ宮殿は皇族の住まいとなった。
例えば皇太子で皇帝の甥(おい)のフランツ・フェルディナント公が住むが、1914年サラエボで夫人とともに暗殺され、第一次大戦の直接原因となった。
その後のベルヴェデーレ
上宮の赤大理石の間でオーストリーの戦後の運命を決めた重要な会議が行われた。米、英、仏、ソの外相が1955年に集まった。戦後10年間続けた4カ国の占領時代は終わった。
これでオーストリーは、ナチス・ドイツに併合されて以来17年ぶりに独立を回復した。永世中立国となる。
上宮と下宮は美術館に
上宮はその後オーストリー・ギャラリー、つまり近代美術館となる。
1階は1918年以後の作品。2階は「世紀末美術」。特にクリムトとシーレ、それに歴史主義や印象派の作品など。3階には古典主義とロマン主義、ピータ・マイヤーの作品がそれぞれ展示されている。
これに対し下宮は、ルネサンスの自由な思想が入る前の中世美術。それにウィーンで開花したバロック芸術が展示されている。
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