2007年 2月 4日 (日) 

       

■  〈胡堂の父からの手紙〉97 八重嶋勲 もはや試験願い差し出し時期だが

 ■148巻紙 明治37年5月12日付

宛 東京市小石川区竹早町百番地猪川方
発 岩手県紫波郡彦部村大巻
前略無事通学罷在候由大慶ニ候、当方一同無事相凌居候ニ付安心相成度候、
去ル十日金五円送付候筈定メテ受取タル事ニ候乎、最早試験願差出期節モ間近ク相成如何ナル方針ニ候哉、
近頃之官報語学生徒募集モ相見得ル様ニ候得共敢テ希望スルモノニモ無之カルヘシ、次之男ナラ兎ニ角相續者タルモノ殊ニ我家ノ如キ自宅居住ヲ要スルモノハ到底当適当ナルベシ、医学校ナラ専科ニ入学セシナラ如何ニ候哉、此場合余リ友人之言ノミ信ジ不利益ナル事ニ立至リ候テハ他日臍ヲ歯(噬)ムノ悔アルベシ、ルゝ重代(大)ナル学資ニ困難スル事ヲ第一ニ苦慮セラレ度候、
戦争等之事ハ新聞ニテ見居リ候故多分承知ノ事ナルカ東京市ノ提灯行列ノ珎事実見セシナラ其壮列壮快又悲惨ナル事ト乍蔭想豫被致候、
当方ノ豫備未タ召集ニ不相成、后備即チ三浦柏籌氏連ハ函舘ニ居リ未タ出征不相成由ニ候、
三十七年ノ徴兵検査合格去ル四月廿九日確定セシモノゝ内当十一日現役トシテ召集ナルモノハ大巻作山定三、彦部ノ寺沢故五聯隊雪中行軍遭難死亡者ノ弟花篭千蔵、星山ニテ阿部清八ト三人ナリ(不残添付ス)、親類家ニテ赤澤村ノ様山ノ孫太郎、犬吠森岩ノ澤阿部松蔵(輸卒ナリ)三人ナリ、
学生スルモノ本年ノミナリ、目的学校ニ入学相成タル時ハ兎ニ角又候失敗ニ帰セン如キハ帰農ト学語可致候、
戦争実記モ其地ニ於テ講讀シ又当方ヘ送リ両益々ニ候得共其地ニ於テ必用ナクンバ不経済ノ点ヨリ止シ(ス)方可然候、右用事迄、早々
   五月十二日     野村長四郎
    野村長一殿
(「明治三十七年度徴兵検査去ル二十九日シテ昨二日抽籤セシ結果左ノ如シ」の謄写版印刷の表(十五名記載)が添付されている。「本紙ハ後備及現役ニ送付セシ余分ナリ」の墨書あり。)
 
  【解説】「前略、無事通学とのこと大慶である。当方も一同無事しのいでいるので安心せよ。

  さる10日金5円送付したはず。きっと受け取ったことであろうや。

  最早試験願い差し出しの時期も間近いがどのような方針であるか。

  近頃の官報に語学生徒募集が載っているがあえて希望するものではない。次男ならともかくも相続者たる者、ことにわが家のような自宅居住を要する者は到底適当でない。医学校なら専科に入学するのはどうであろうか。この場合あまり友人の言葉を信じては、不利益になって後日臍(ほぞ)をかむ悔いとなるであろう。多くの学費に困難することを第一に苦慮されたい。

  戦争などのことは新聞で見ており、東京市での提灯行列の珍しいところを実見したであろうが、その壮列の壮快、また悲惨なことを陰ながら想像している。

  当方の予備兵いまだ招集にならない。後備兵すなわち三浦柏籌(野村家の菩提寺住職)連は函館に待機しておりいまだ出征になっていないとのことである。

  37年の徴兵検査合格、さる4月29日確定した者の内、当11月現役として召集なる者は、大巻の作山定三、彦部の寺沢、五連隊雪中行軍遭難死亡者故花篭三蔵の弟花篭千蔵、星山の阿部清八の3人である。(残らず添付す)

  親類家では、赤沢村の様山の孫太郎、犬吠森村の岩ノ沢阿部松蔵(輸卒なり)の2人である。

  学生するのも本年のみである。目的の学校に入学になった時はとにかく、またぞろ失敗した時は帰農と覚悟すること。

  戦争実記もその地において購読し、当方へ送るとこはよいことではあるが、その地で必要でなければ不経済であるから止した方がよい。右用事まで、早々」という内容。

  上の学校への入学試験願書の提出の時期が迫ってきているのに、長一の方針がはっきりしていない、というより長一は強く文科を希望しており、医科専門学校を勧める父の考えにはなかなか承服できないのである。

(紫波町彦部公民館長)


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