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書籍全体の情報誌は数々ありますが、雑誌に限定する情報誌はこれが日本の最初かと思います。
昭和55年10月、読者と編集者を結ぶホットラインと称する情報誌『雑誌ニュース』(B5判・36ページ)が、東京出版販売株式会社から創刊されました。
前年の新雑誌創刊ブームを受けての発刊となったようですが、「編集室から」は「我国において、現在の雑誌の性質を帯びた刊行物は、慶応3(1867)年に創刊された『西洋雑誌』が最初とされていますが、それから約110年、現在書店店頭で求める事の出来る雑誌は約2500という数になります…(略)」と、氾濫(はんらん)する雑誌の選択に資する情報誌を強調するのです。
『西洋雑誌』については、前にもふれましたが、名古屋生まれの洋学者で新聞人柳川春三が、西洋では雑誌が人智の啓蒙に果たしている役割が高いことを認識し、それを見習って邦人の西洋に関する歴史、地理、物理の知識を啓蒙しようと発行したものです。目的は「国を富ますには先ず学術を開くべき」という、学問即実学の勧めであったといわれます。
慶応4年6月「新聞雑誌発行禁止の令」というのがあり5号で休刊となりましたが、明治2(1869)年解禁となった時、柳川は『中外新聞』の発行に専念していたので『西洋雑誌』の復刊はありませんでした。
『雑誌ニュース』創刊号冒頭には、井上ひさし「雑誌と私」が載ります。「身銭を切って定期購読している雑誌には、三文文士にそぐわぬような毛色の変わったものが多い…(略)」と、『数理科学』『週刊ホテルレストラン』『現代農業』『建築文化』『子供の科学』『アングル』などあげて、雑誌はわたしの個人教師であり、また遊び友だちでもあると書きます。
対談は「雑誌の読まれ方」と題して、文芸春秋編集長安藤満と作家中島梓が、語り合います。
連載は、尾崎秀樹「雑誌の歴史」で、戦前の代表的な大衆娯楽雑誌『キング』を取り上げます。
「ハロー編集室」には、少年ジャンプ・マガジンズアイ・現代・ギヤルズライフ・写楽・ブルータスの各編集長が登場する、読者と編集長を結ぶ企画です。
編集の重点は「出版社別雑誌情報」です。『正論』『主婦の友』など百冊を越える概要を載せます。
「面白く、為になり、安いが雑誌である」の言葉は、講談社創設者野間清治でした。
(毎週日曜日掲載)
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