2007年 2月 6日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉659 望月善次 夜をこめて七つ森まで

 夜をこめて
  七つ森まできたるとき
  はやあけぞらに草穂うかべり。
 
  〔現代語訳〕まだ夜が明けないうちに七つ森まだ来た時に、はやくも明け方の空に草穂が浮かんでいます。

  〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の二首目の「542歌」。『アザリア』第二輯(しゅう)では、「夜のそらにふとあらはれて」八首の二首めで、「夜をこめて七ッ森まできたりしに、はやあけぞらに草穂うかべり」の形。「秋田街道」の「東がまばゆく白くなった。月は少しく興さめて緑の松の梢に高くかかる。/みんな七つ森の機嫌の悪い暁の脚まで来た。道が俄に青々と曲る。その曲り角におれはまた空にうかぶ巨きな草穂を見るのだ。」に対応する。「秋田街道」では、幻視的作品であることは明瞭であるが、抽出歌では、「草穂」は幻なのか、目前にある草穂が視線の位置関係で空に浮かんでいるように見えるのかは必ずしもはっきりしない。賢治短歌の無頓着さを示す一首でもある。

  (岩手大学教授)

 


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