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いま、熟語の性質について考えているところです。前回、日本語のくだけた語句である「頭に来る」をとりあげました。ここでは「頭」と「来る」のそれぞれの意味を知っていても「腹立たしく感じる」(広辞苑)という意味はでてきません。文字通りの「学校に来る」という言い方は「学校に来い」のように言えますが、「頭に来い」という命令文は受けつけないという性質があることなども、前回述べました。
面白いことは、熟語にも国境があるということです。筆者はいたずらをして、「頭に来た」をそのまま英語の単語に置き換えてI’ve come to my head.にして、イギリス人の知人にその意味が分かるかと聞いてみました。予想通り、彼は全く反応なし。当たり前です。
これはI’m patient.(いらいらする)
I’ve got angry.(腹がたつ)といった意味のidiom(熟語)だと教えてあげました。彼はcome toとmy headのそれぞれの意味からこの語句の意味を割り出そうとしたのですがそれは無理だったというわけです。
ちょうどその逆に、日本人にとっても、前回挙げたkick the bucketではそれぞれの語の意味を知っていても「死ぬ、くたばる」という熟語であるとは想像もつかないのと同じです。熟語の研究成果が辞典の表記に微妙な違いをもたらすのは、ある組み合わせから成る語句が文字通りの語義から理解しようとした場合、その困難さにさまざまな程度差があるからです。
break the ice は、主語が砕氷船
(icebreaker)なら文字通り「氷を割って進む」というのは分かります。でも、もし主語が司会者や議長
(chairperson)だと「座を打ち解けさせる」「話しの口火を切る」「困難解決の糸口を見つける」という意味に当たるということを書いておくほうがいいでしょう。比喩(ゆ)の世界に国境があり、英和辞典の意味記載ではその国境をまたがなければなりません。
(言語人文学会顧問)
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