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山の神の神仏画 |
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県立博物館テーマ展「庶民の神仏画」が25日まで盛岡市の県立博物館で開かれている。同市の収集家の鎌田隆さんが同館に寄贈した約1800点の中から230点を展示。昔の庶民が民間信仰で祈りをささげた神仏画の意匠から、近世の岩手の宗教観が浮かび上がる。
展示されている神仏画は江戸後期から明治にかけて、県内の寺社ゆかりの絵図として頒布されたもので、お札や掛け幅など形はさまざま。無名の人の素朴な木版刷りから、神仏の霊験が伝わってくるようだ。
「出羽三山の御影」は月山、湯殿山、羽黒山の三神である大日如来、阿弥陀如来、観音菩薩が描かれ、県内各地に三山参りの講があったことをうかがわせる。「山の神」は山仕事の神様で、農民にとては作神、漁民にとっては海上安全や豊漁の神で、夫婦神として安産や子育ての神としても信仰を集めた。
盛岡大学の大矢邦宣教授は神仏画の普及過程について江戸時代の民俗や風習から解説する。「祭祀(さいし)講が増えていくと、宗教行事でそこに掛ける神様や仏様の姿が必要になる。祭祀講のための掛け図が作られたのが普及の要因だったと思う。それ以外に生業の神として木材関係なら山の神様、馬を飼っていれば蒼前様を、日を決めて祭る。そういうことから祭祀講がはやり、祭祀講に付随して掛け図が掛けられた」と話した。
お伊勢参りに代表される参詣講について「お伊勢参りに行って来ると言えば藩も止めることはできなかった。もちろん何人という割り当てはあるが、神仏の参詣をするというと止められないので、江戸時代に爆発的に参詣が増えた。南北朝時代からお参りはあったが限られた武士階級のことだった。それが庶民にまで下りてくるのは江戸時代から。全員が行けるわけでないので講を作って代表していく。お参りした証しに絵札をもらって帰る。そういうものがたくさん岩手県に伝えられており、鎌田コレクションにたくさん入っている」などと紹介した。
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