2007年 3月 1日 (木) 

       

■  「もの言う魚」白石隆一展を開催

 白石隆一展(盛岡市、盛岡観光コンベンション協会主催)が26日まで、盛岡市中ノ橋通1丁目のもりおか啄木・賢治青春館で開かれている。市内での遺作展は16年ぶり。本県を代表する近代洋画家の一人で「魚の画家」として知られる作家の油彩や画稿など約70点を展示している。

     
  「三陸の魚」(油彩、51年)  
 
「三陸の魚」(油彩、51年)
 

 「三陸の魚」(油彩、1951年)は第9回日展で入選した作品。どんよりとした三陸の海を背景に、木の枝につるされた、さまざまな種類の魚の姿が描かれている。戦前の作品のほとんどは東京大空襲で焼失したが、今展では33年に描かれた作品「風景」(油彩)も展示されている。

  本画を描く前のスケッチに当たる画稿は、鉛筆と水彩絵の具を使用。同じ魚を角度を変えて描いたり、余白に色や形について、鉛筆で書き込みがされていたりして興味深い。

  白石隆一(1904〜85年)は北上市生まれ。川端画学校洋画研究所を経て30年、東京美術学校研究生として、岡田三郎助、藤島武二に師事。後に清水良雄の門下生となる。29年帝展初入選。以後、帝展、文展、日展に出品を継続。38年には、陸軍報道班員として中国に渡り、日中戦争の記録画を制作した。

  魚をモチーフの中心に据えるきっかけとなったのは戦前、妹の嫁ぎ先の気仙沼で、三陸の魚に出合ったこと。戦後は古里の砂鉄川のアユなど、身近な魚を描き続けた。

  第2回日展(47年)に出品した「鱈(たら)」で岡田賞を受賞。白石の作品に登場する魚は、その生きのよさから「ものを言う魚が現れた」と評されるほどだったという。

  戦前は東京都内で制作したが、45年に千厩町へ帰郷。52年から日展無鑑査となり59年まで委嘱出品。54年から「一関美術研究所」を開設し、後進の指導も積極的に行った。

  65年には日本美術家欧州視察団の一員として各地を巡った後、パリに3カ月滞在。今展にはそのときに描いたヨーロッパの風景画も出展している。

  午前10時から午後6時(入場は同5時半)まで。毎月第2火曜日は休館。入場無料。


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