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楽聖モーツァルトの生まれ故郷で、25歳まで暮らし、作曲した作品800曲中、その半分の400曲を当地で作曲した。世俗曲や宗教曲を同時に作曲することもできた。父レオポルトは宮廷のバイオリニストだった。毎年当市でモーツァルト音楽祭が開催された。昨年はモーツァルト生誕250年祭だった。市内では人形などモーツァルトの記念品やチョコレートまでみやげ物店で売られ、モーツァルトはすっかり観光資源になっている。
天才少年だった
5歳の時に父から音楽を習いはじめ、6歳では父母と姉と共に初めて演奏が行われ、好評だった。それから4年間諸国を旅し、オーストリーのマリア=テレサ女帝、フランス国王ルイ十五世、イギリス国王のジョージ三世の宮廷で御前演奏し、多くの貴族たちのサロンでも演奏する機会を得た。各国でいろいろ見聞を広めてその才能をより豊かにした。
かつて大司教が領主
当時ザルツブルク大司教は宗教上の権威者の上、領主でもあり、政治と財政の実力者だった。モーツァルトも大司教の保護下、音楽活動が可能だった。
20歳すぎるとただの人といわれるが、母と共にパリに行っても、天才少年として珍しがられたころとちがい、相手にされず、その上不幸にも母が旅先で死亡してしまった。
ザルツブルクでは音楽の深い理解のあった大司教が代わり、後任者は音楽に無関心だった。その大司教とは感情的に衝突して、ウィーンに向け出発した。
塩で繁栄した町
ザルツブルクは豊かな町で、その名が示す通り「塩の山」。良質の天然の岩塩が900年間この町の繁栄をもたらし、モーツァルトも当然ながらその恩恵に浴していた。
ザルツブルクの見どころ
17世紀に建てられたバロック様式の大聖堂は立派なパイプオルガンが5台ある。本堂の右側にあるのは、かつてモーツァルト専用だった。広場の隣には大司教のレジデンツ宮殿がある。鐘楼の35の鐘はモーツァルトの「魔笛」も奏でる。
ミラベル広場には壮麗なミラベル宮殿がある。高い丘の上にはホーヘン・ザルツブルク城がそびえ立つ。現在は歴史博物館と、中世美術館になっている。大司教領は小さな領地だが、塩がたくさんとれるので、オーストリー、ドイツ、バイエルンの近隣3国にねらわれやすかった。そこでこの城郭の中に領民千人が1年間籠城(ろうじょう)できるほどの食糧を備蓄して頑張った。市内のモーツァルトの生まれた家も必見。
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