2007年 3月 3日 (土) 

       

■ 〈英語ってどうなってんの?〉197 成田浩 地域英語

 前回述べましたように、アジア、東南アジア、東アフリカなどからの13人のゲストは多少の個人差はあるものの「わたしの英語は分かるでしょう」と言わんばかりに自国語なまりの英語を堂々と話すのです。

  自国語の発音や文法などが乗り移った英語なのでしょうが、彼らはそれを気している様子はまずないといっていいと思います。このようなことはホンコン、シンガポール、インドなどを旅行した日本人からもしばしば聞くことです。

  ところが、日本人は一般に、自分の英語が英米人のようでないことを気にすることが多く、英米人と話すときなど、気後れしてかえって英語が口から出てこないことがあります。

  もちろん練習不足といった個人的原因は別として、この違いは何からくるのでしょう。

  今までもエスペラント語のように世界共通語への試みはありますが、結局、たくさんの植民地などを持っていたり、商業的、政治的、経済的に強力な国の言葉がたまたま世界中のかなり多くの国で使われ、それがはやってしまいました。それがたまたま英語だったと考えることができます。英語が世界でもっともすぐれた言語だなんて思っている人はいないでしょう。英語の使用で世界が英米一色の単一文化になることもありえないでしょう。

  むしろ、多様な文化の運搬役になりかけています。ですから、いまやお互い知らない者どうしが通じ合える程度の英語らしさを保ちながら、便利に使われる通信手段になりつつあります。そうなってくると、世界のいろいろの地域でそれぞれの発音、文法、発想、生活様式を色濃く反映した英語が生まれます。

  ここで注目したい点は、彼らが英語を使うのは英米文化を理解吸収して、これに順応しようなどというものではありません。それどころか、この英語を利用して自国のいいところ(独自性・アイデンティティ)を他に知らしめ、自国の発展や国際競争に資することを目的にしているのです。

  政府によっては極端に逸脱英語にならない限りこれを認めています。社会言語学者はこれを「地域英語」と言っています。そのような英語をまとめて世界英語(World Englishes)とも言います。ここではEnglishが複数形になっています。もちろんニホン英語
(Japanese English)もその一つに数えられています。

  (言語人文学会顧問)


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