2007年 3月 5日 (月)
■ 岩動家寄贈品を展示 野村胡堂あらえびす記念館
医療用具(奥が薬味箪笥、手前右が薬研)
岩動露子生家から紫波町教育委員会に寄贈された花巻人形などの展示会(同教育委員会主催)が同町彦部の野村胡堂・あらえびす記念館で開かれている。展示されているのは明治初期から大正時代に製作された花巻人形、代々医師をしていた岩動家の医療器具、書簡など110点。開催期間は15日まで。
岩動露子(1883年〜1918年)は正岡子規門下の俳人。本名は孝久。野村胡堂の親友として知られている。
紫波町北日詰の生家に1880年に建てられた土蔵を取り壊すことになり、収蔵していた品々が昨年7月にすべて町教育委員会に寄贈された。その整理を終えた収蔵品の一部を今回公開した。
花巻人形は仙台の堤人形、米沢の相良人形と並ぶ東北三大土人形に数えられ、かつては冬場に行商が売り歩き、高価なひな人形などの代用に購入されていた。岩動家の花巻人形は明治時代に製作されたものを中心に85点。
岩動家の土蔵から出てきた花巻人形。右から石動露子の孫の佐々木淑子さん、野村胡堂・あらえびす記念館の野村晴一館長
書簡は盛岡中学時代に胡堂と露子が書いた俳句原稿の写し、原達(抱琴・俳人、原敬の甥)が露子に送った郵便碁の手紙(1911年)。
薬味箪笥(やくみたんす)、薬研(やげん)、乳鉢(にゅうばち)、薬かばん、黒塗りの裁縫箱、香炉(1853年製造)、米国ニューヘブン社製の八角型掛時計(1868年〜77年ころ製造)などもある。
訪れた露子長男隆一の3女で盛岡市在住の佐々木淑子さん(67)は「盛岡生まれの盛岡育ちですから、土蔵を開くまで見たこともないものばかり。薬味箪笥の引き出しには、当時処方していた漢方薬が入っていますよ」と、大切に納められていた品々について語っていた。
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