山峽の
青きひかりのそが中を
章魚の足など喰み行けるひと
〔現代語訳〕山と山に挟まれた谷間の青い光のその中をタコの足などを食べながら行った人よ。
〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の二十九首目の「567歌」。「歌稿〔A〕」では、第四・五句は「章魚(たこ)の足喰(は)みて行ける旅人」であった。「歌稿〔B〕」も、ここから出発し(ただし、第三句には「そが中に」の形もあった)、抽出歌の形となった。「山峽」は、「歌稿〔A〕」では「峽」に「かひ」のルビがある。一首は、賢治が偶然目にした事実かも知れないが、「章魚の足など喰み行けるひと」に着目するところが、賢治らしく不思議な魅力を湛(たた)えてもいる。「行けるひと」となると、釈迢空(しゃくちょうくう)のあの名歌「葛(くず)の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり。」〔『海やまのあひだ』〕を浮かべる各位もあろうが、賢治的特徴はこんな比較の中にも立ち現れる。
(岩手大学教授) |