2007年 3月 9日 (金) 

       

■  〈賢治の歌〉689 望月善次 キイチゴは国に冷たく

 きいちごは雲につめたく熟れたればか
  そけきなみだ誰かなからん
 
  〔現代語訳〕キイチゴ(木苺)が、雲の下、冷たく熟れているので、誰かに微(かす)かな涙がないものでしょうか。きっとあるのです。

  〔評釈〕「大正六年七月」〔「歌稿〔A〕」〕百三首中の二十九首目の「569歌」で、「歌稿〔A〕」にのみある作品。第四・五句は、当初は「ちぎらんとして泪(なみだ)ながれぬ」であったものが抽出した形となった。キイチゴは、バラ科のキイチゴ属。多くのものがあるというが、『マイペディア』などを参考にして考えると、山野に多いモチジイチゴか。当初の形の「ちぎらんとして泪ながれぬ」であると、涙は確かに流れており、しかも、その涙は、話者自身のものであることは明白だが、「かそけきなみだ誰かなからん」の抽出歌の形となると、少し間接的な物言いとなっている。いずれにしても、いろいろなものに対して涙もろくなっている話者がいて、その目がたまたまキイチゴの上にとまったのである。
(岩手大学教授)

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