2007年 3月 11日 (日) 

       

■  〈胡堂の父からの手紙〉102 八重嶋勲 無能無智であることは明らかである

 ■154巻紙 明治37年6月12日付
 
宛 東京市本郷区菊坂町六十九番地片桐
                 方

発 岩手県紫波郡彦部村大巻六三
前略目的科目之件今ニ至ハ不向之科目ヲ強制スルモ余リ感服セサルニ付随意ニ可致、乍併青書生之癖トシテ不降道理ヲ付シ違算スルニ及ンテ種々悔語(悟)スルハ先以テ全般ト云フテ可ナル次第ニ候、獨リキメノ如クナランニハ数回ノ落第又書翰等ヲ見ルニ悪筆誤字到底普通以上ノ人物トシテ世ニ名義ヲ知ラルゝモノトハ六ヶ敷カルべシト推察シ、想フニ他人ハ事之ナラザルヲ看破シ俗ニ云フ言(ン)ヲ信スルモノナラン、克ク顧慮可致候、
蓋シ目的アルモノトセヨ、齢壮年ニ達シ海陸軍ノ将校高等官史ノ如キ二十才(歳)臺ニシテ幾何モ見ル殊ニ今一、二年ニシテ学費支(仕)送リ迚モ不及ルニ至ルナラン、マタ少シク才アルモノトセバ既ニ三カ年東京ニ在住スル間ニ於テ他人ノ見撰ニ預リ学費ノ幾分ヲ補助受クル位ハ必ラス自働スルモノナリ、夫ヲ以テ視ルモ無能無智ナル事明ナリ、今更責言スルモ無用ナルモノ如ク被考候ニ付キ今回失敗ニ期シタランニハ決シテ学費ノ供給不及ニ付自動的運動何業ナリ就職スル様ニ可致候、
兎ニ角試験了シ次第帰宅可致候、当月分ノ宿泊料及小使(遣)旅費ニテ十五円ヨリ起過セサル様可致、実ニ金速(策)困難ナルニモ不掲(拘)他ノ学生ヨリ弐割以上ノ妨費有之様ニ被思実ニ不審千萬ニ候、
単衣請求之処向三十円斗(計)リナリ、先達送付ノ品ニ古物壱弐枚アル筈間合ヒ可致候、中学二、三年頃ポ(ボ)ロ生ニ立帰リ贅澤ニアラサルモ普段以下即チ苦学生ヲ見習ヘ(ヒ)スル様ニ被致度候、中以上ノ書生々活シアル趣キ盛岡地方書生ヨリ聞及ヒタル事モ有之候故、実ニ服(腹)立シク祖々母初メ父母ノ絞血ヲ以テ修学シツゝアリナカラ生家ヲ不顧様ニテハ学問ノ何タルヲ不知モノト見視々スルノ外ナカルベシ、克ク熟考セラルベシ、
今回ノ轉宿モ如何為メナルヤ、書生月宿云々ハ甚タ理由トシテ不了解ナリ、何カ他ノ理由アルニ起因スベシ、
本年二月以降学費送金之為メ借入セシモノ殆(ン)ト(ド)百三十円相嵩ミ目下督促ヲ受(ケ)困難致居ルモノモ有之候、
来ル七月帰国之際ハ諸道具ハ可相成不残持参スル様ニ可致、夫共試験成蹟(績)ニ於テ余リ良好ナル時ハ戸棚机丈ハ持参スルニ不及其他ハ不残持帰ルベシ、
目下田植二、三日ニシテ了ラントス、過ル八日豫備兵本村より十三名召集馬匹徴発被調中ナリ、第二回債権募集中、本村弐千円ナリ、右用事迄、早々

   六月十二日     野村長四郎

    野村長一殿
 

  【解説】「前略、目的科目の件、今に至って不向きの科目を強制するのもあまり感服しないので随意にすべし。しかしながら青書生の癖として合わない道理をつけ誤算し、いろいろ後悔するのが先ずは全般といってよい。独り決めしないようにするには、数回の落第、また書簡の悪筆、誤字を顧みること。到底普通以上の人物として世に名を知られるには難しいものと推察され、思うに他人はことの成らないのを看破し、俗に言う言葉を信ずることであろう。よく顧慮するように。

  本当に目的あるものにせよ、年齢が壮年に達している。海陸軍の将校、高等官吏の如きは20歳代にしていくらでも見られる。ことに今1年の学費の仕送りはとても及ばないことになる。また少しばかり才があるものとせば、既に3カ年東京に在住する間に、他人から目をかけられ学費の幾分かでも補助を受ける位は自ら動くものであろう。それを見ても無能無智であることが明らかである。いまさら責め言を言っても無用のように考えられるので、今回失敗したとしても決して学費を仕送りしないので、自ら動き運動して何業なり就職するようにせよ。

  とにかく試験が終わり次第帰宅すべし。当月分の宿泊料及び小遣、旅費は15円を超過しないように。実に金策困難なのにかかわらず他の学生より2割以上の妨費があるように思われ実に不審千萬である。

  単衣請求のものは30円ばかりするようである。先だって送った品に古物1、2枚あるはずなので間に合わせるように。中学2、3年頃のぼろ学生に立ち帰り、ぜいたくでなく普通以下即ち苦学生を見習うようにすべし。長一は、中以上の書生生活をしていると盛岡地方の書生から聞いたことがあり腹ただしく、祖祖母、はじめ父母の絞血をもって修学しておりながら、生家を顧みないようでは、学問の何たるかを知らざるものと見るしか外ない。よく熟考するようにせよ。

  今回の転居もどのような理由があったのか。書生同宿云々では甚だ理由として了解できない。何か他の理由に起因しているのであろう。

  来る7月帰国の際は、諸道具は残らず持参するように。それまたは試験成績が全く良好の時は戸棚、机だけは残し、その他は残らず持ち帰るべし。

  目下田植え中だが、2、3日で終わる。さる8日予備兵本村より13名召集。馬匹徴発は調べられ中である。第2回債券募集中、本村2千円である。右用事まで、早々」という内容。

  「目的科目之件今ニ至ハ不向之科目ヲ強制スルモ余リ感服セサルニ付随意ニ可致」とどうやら父長四郎は、医学はあきらめ、長一の希望する科目、すなわち法科を受けてもよいということになったようである。

  しかし、父長四郎はこれまでにないほどの厳しい口調で叱咤(しった)の文を綴(つづ)っている。
(紫波町彦部公民館長)

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